『死ねばいいのに』
京極夏彦による異色のミステリー小説を映画化した『死ねばいいのに』は、その強烈なタイトルとは裏腹に、人間の内面や社会の歪みを静かにえぐり出していく作品だ。誰もが一度は心の中でつぶやいたことのあるかもしれない、あまりにも鋭いその言葉。だが物語を見届けたとき、その響きは単なる暴言ではなく、人間の本質や社会の不条理を映し返すものへと変わっていく。
主人公・渡来映子を演じるのは奈緒。共演には伊東蒼、前原滉、髙橋ひかる、草川拓弥、田畑智子、平原テツら実力派キャストがそろい、ひとつの事件をめぐって交錯する感情と証言を重層的に描き出す。監督は『マイ・ダディ』の金井純一、脚本は『桐島、部活やめるってよ』の喜安浩平。会話劇の積み重ねによって、観る者の足場を少しずつ揺らしていく、緊張感に満ちた心理ミステリーである。

鹿島亜佐美という女性が殺害された。犯人はわからず、動機も不明。そんな中、「亜佐美のことを聞かせてもらいたいんです」と、知人を名乗る渡来映子が、彼女と関わりのあった人々のもとを訪ね歩き始める。
最初に映子が会いに行くのは、亜佐美の元上司・山崎。不倫関係にあったという山崎は、亜佐美との関係を美しく語ろうとするが、映子はその言葉を許さない。相手の本音を容赦なく突きつけ、逃げ場を奪うように問い詰めていく。その後も映子は、元恋人、隣人、母親など、亜佐美を知る人々のもとを次々と訪れ、少しずつ彼女の人物像を浮かび上がらせていく。
だが、真実に近づくほどに見えてくるのは、事件の輪郭だけではない。それぞれの証言の裏に潜む欲望、弱さ、自己正当化、そして人間の醜さだ。なぜ映子はそこまで亜佐美のことを知ろうとするのか。亜佐美とは何者だったのか。そして、「死ねばいいのに」という言葉は、いったい誰に向けられたものなのか――。
本作の魅力は、派手な展開に頼らず、会話の積み重ねだけで強い緊張感を生み出している点にある。映子が人々の言葉のほころびを見逃さず、心の奥に押し込めていた感情を静かに暴いていくたびに、観客の視点も揺さぶられていく。ひとつの殺人事件を入り口にしながら、そこから浮かび上がるのは「誰が悪いのか」という単純な問いではない。人が誰かを裁くときの危うさや、正しさの裏に潜む暴力性までが、じわじわと迫ってくる。
タイトルの強さに目を奪われがちだが、本作が本当に描いているのは、言葉にならない怒りや諦め、そして人間の深い業だ。観終えたあとに残るのは、事件の答えだけではない。自分自身の中にもある感情を見つめ返さずにはいられない、そんな後味の強さを持った一本である。



2026年7月3日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開
【監督・編集】金井純一
【脚本】喜安浩平
【出演】奈緒、伊東蒼、前原滉、髙橋ひかる、草川拓弥、浅野竣哉、カトウシンスケ、木原勝利、日高七海、田畑智子、平原テツ
【INFO】原作:京極夏彦 「死ねばいいのに」(講談社文庫) 2026年/日本/95分
【配給】S・D・P
©京極夏彦/2026映画「死ねばいいのに」製作委員会
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