『幸せの、忘れもの。』
静けさの奥に広がる世界を、そっと見つめる。
スペインの田舎町を舞台に、ろう者の女性アンヘラが、妊娠・出産をきっかけに揺れ動く日々を描いたヒューマンドラマ『幸せの、忘れもの。』。監督は本作が長編デビューとなるエバ・リベルタ。主演には監督の実妹であり、ろう者の俳優ミリアム・ガルロを迎え、姉妹だからこそ生まれる深い理解と信頼が作品に確かなリアリティを与えている。長編版はベルリン国際映画祭で観客賞とアート・シネマ賞を受賞し、スペイン・マラガ映画祭でも最優秀作品賞を含む複数の賞に輝くなど、世界の映画祭で高く評価された一本。

陶芸家として静かに暮らすアンヘラは、生まれつき耳が聞こえず、視覚や触覚を頼りに世界と向き合ってきた。 パートナーのエクトルは聴者であり、二人は互いの違いを受け入れながら穏やかな日々を送っている。そんな中、アンヘラは第一子を授かる。
だがその喜びとともに、「母として必要な瞬間を聞き逃してしまうのではないか」という不安が胸に芽生えていく。やがて娘が生まれ、彼女が聴者であることが分かると、家族の間には少しずつ見えない緊張が生まれていく。娘の“最初の声”を聞けないかもしれないこと、音のある世界とない世界のあいだに横たわる距離。アンヘラは戸惑いながらも、母として、ひとりの女性として、自分なりの幸せの形を探していく。
本作の最大の魅力は、ろう者の視点を“説明”ではなく“体験”として観客に届ける繊細な演出にある。
音がふっと消える瞬間、補聴器によって歪んだノイズが押し寄せる感覚、視線や手話、触覚によって成り立つコミュニケーション。そうしたひとつひとつの表現が、アンヘラの世界を観客の身体感覚へと引き寄せる。また、本作は単に「ろう者の物語」にとどまらず、母になることの喜びと恐れ、愛する人と世界をどう共有するかという普遍的なテーマにも深く触れている。静かな映画でありながら、その奥には確かな痛みとぬくもりが息づいている。聞こえる/聞こえないの境界を越え、誰かの感覚世界にそっと触れるような、稀有な映画体験が待っている。



5月1日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開
【監督/脚本】エバ・リベルタ
【出演】ミリアム・ガルロ、アルバーロ・セルバンテス、エレナ・イルレタ、ホアキン・ノタリオ
【INFO】2025年|スペイン映画|99分|配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
©2025. Distinto Films SLU, Nexus Creafilms SL, A Contracorriente Films SL, Diverso Films AIE
公式HP











































