ボクシング史上に残る名選手にしてドラマチックなボクサー人生で知られる辰吉丈一郎さんのドキュメンタリー映画『ジョーのあした』が公開される。監督は『どついたるねん』でデビューし、『BOXER JOE』でもタッグを組んだ阪本順治監督。20年にわたってインタビューを続け、40歳を越えた今でも現役を続行、世界チャンピオンを目指す辰吉さんの生き様に迫る作品だ。世界タイトルを二度獲得する一方で、網膜裂孔、網膜剥離でキャリアの危機を経験。現在は日本ボクシングコミッションの規定で国内での試合ができない状態。それでも現役続行を表明し、ボクシング一筋に生きるーー。自分に“途中下車”を許さない辰吉イズムに酔いしれてほしい。
俺にとってはボクシングをやるのが普通のことやから。生活というかね
──映画『ジョーのあした』、20年にわたって辰吉さんに取材した、ファンにはたまらない作品でした。定期的に20年インタビューされるというのも珍しい経験だったのでは?「まあでも、試合の前後とかは取材がたくさんあるしね。そんな苦痛ではなかったよ」
──たくさん取材を受けてきた中で、阪本監督ならではの質問というか「面白いこと聞いてくるなぁ」というのはありました?
「あったよ。でもそれはここでは内緒やね。映画見てもらって」
──自分の20年が凝縮された映画をご自分で見た、その気持ちはいかがですか。
「小っ恥ずかしいですねぇ、単純に。だってしゃべてるだけですよ。自分の顔が画面いっぱいに写って。何が面白いの? って」
──それが面白いんですよね。辰吉さんの生き方とか考え方が。
「まあ自分の人生が面白いなっていうのはありますよ、客観的に見たら。でも自分としては……そこまで思ってないすね。気がついたらこうなってたっていうことで、それをあとから見て、『誰にもできんやろな』とは思うけど。必死やったんでね。苦しいとも思わなかったし」
──映画の中では「ふと我に返る」ともおっしゃっていました。我々からすると「辰吉丈一郎でもそういう時があるのか!」と。
「それはね、我に返ったとしても、また自分の中で微調整して元に戻ればいいんでね。『自分、何してんの?』ってなる時もあるけど、でも『いやいや、俺の本業こっち(ボクシング)やんけ』って」
──やっぱり、外野の声が聞こえてくることもあるでしょうし。
「いつまでやってんの、みたいなね。でも、そこで悩んだりするとおかしなことになるから。余計なこと言わんといて、と。俺にとってはボクシングをやるのが普通のことやから。生活というかね。生活であり、仕事であり」
──それを外野の声に左右されるわけにはいかない、と。
「だって、仕事をやめるかどうかを他人に決められなくないでしょ。で、仕事ってただ食うためにやってるもんでもないでしょ。そういうことですよ。俺は今も現役なんでね。今は次の試合のチャンスを待ってる状態で」
──ボクサーにとっては練習も仕事ですし。練習はどんな感じですか?
「いつもどおりですよ。朝走って、夜に練習」
──練習量も落ちてないわけですか。
「試合前の練習とは違いますよ。でも基本的には変わってないです。ジムは4ヶ所くらい回って。そうじゃないと迷惑がかかるんでね。転々として」
──日本では試合ができない状態ですから、そうせざるをえないと。専門のトレーナー、コーチがいないのは大変じゃないですか?
「いたらいたでいいんでしょうけどね……でも、誰か俺に教えれます?」
──辰吉さんほどボクシングを知ってる人もいないですかね(笑)。
「人にああせい、こうせい言われても『うるさい、黙っとけ』ってなるからね。二次災害が起こるだけでしょ」
──二次災害(笑)。
「試合が決まったらね、ミット持ってくれる人とかスパーリングパートナーが必要だけど、そういう人はいるから」
試合が決まったら、もう今からでも準備できる
──現状、辰吉さんのコンディションや強さ、ご自分ではどう感じていますか。「いい感じですよ。試合が決まったら、もう今からでも準備できる」
──へぇ~! じゃあもう、ずっと“現役モード”を続けてるわけですね……。
「だって現役だから。目標があるしね。世界チャンピオンのままやめるっていう」
──そういう生活は肉体的にも精神的にも、普通の人にはできないかもしれませんね。でも辰吉さんはそれに疲れないという。
「疲れるわ(笑)。寒けりゃ風邪もひくしね。特に今はいろんなジムに行ってるから。片道2時間かかる時もあるし。これはエグいっすよ」
──年齢的なものは気になりませんか?
「気にならないって言ったら嘘になるんですけど、『ほんならやめるんか?』となるでしょ、行き着くところは。で、やるならいろんなこと心配してもしゃあないですよ。途中でやめるっていうのは、生き方に反することやから。辰吉には辰吉の生き方っていうものがあって、それに反することはできない」
──これは、何にでも言えることかもしれませんね。苦しいことがあった時に「じゃあやめるか?」と。やめたくないなら頑張るしかないわけで。
「俺はね、目標を達成してないのに次のことができないんですよ。『無理やからやめ。こっち行くわ』っていうのができない、性格的に(笑)」
──今まで、ボクシング以外の人生を考えたことは一度もないですか。
「それはボクシングを終えたら考えるんでしょうけど。今は考える段階じゃないんですよ。途中下車して違う電車に乗ることはできない」
──人生の早い段階でボクシングに出会うことができた辰吉さんは、そういう意味ですごく幸せですよね。
「16歳からやってるからね。厳密に言えば5歳か。岡山の田舎で毎日、練習してましたから」
──お父さんに教わったのが最初ですよね。映画の中にも、お父さんとの絆を感じさせる場面がたくさん出てきます。
「父ちゃんがいなかったら、そもそもボクシングしてないですからね。当然、世界チャンピオンにもなってないし」
──辰吉丈一郎=ボクシングということですか。
「まあ、そうやね。世界チャンピオンっていうのも単なる目標ではないというか。ちょっとこれは表現しにくいね」
──人生そのものなんですかね。ただ、その人生で何度も挫折がありました。「もし網膜裂孔に、網膜剥離になってなかったら」と考えることはありませんか?
「それはないですよ。よくいますけどね、もしあれやったら、これやったらって言う人。でも、それ言い出したらキリないでしょ。現実がこうなってるんだから、それに対応していけばいいんでね。自分の人生、一回しかないんやから。それなのにあれやったら、これやったら言ってる時点で『暇な人間やなぁ』と」
──過ぎたことを考えてる暇はないと…。
「だって、今日を過ぎたら明日ですよ。今日という日は帰ってこない。『昨日、楽しかったなぁ』と思っても、それはもう二度と来ないんやから。あの時、あれをやっておけばよかった』と思っても後の祭りでしょ」
──それよりも今日を大事に生きるほうがいいですよね。
「過去はどうすることもできんから。だったら現在進行形でやっていくほうがいい。今日やることやって、明日のことを考える。『あしたのジョー』じゃないけどね」
──というより、まさの『ジョーのあした』ですね(笑)。映画の中にも、辰吉さんの生き方が詰まっていますし。
「まあ、見てて小っ恥ずかしかったけどね……映画を見る人は、まばたきの回数でも数えててもらったらええかな(笑)」
INFORMATION
映画『ジョーのあした-辰吉丈一郎との20年-』
INFO&STORY
元WBC世界バンタム級王者のプロボクサー辰吉丈一郎を、「どついたるねん」「顔」の阪本順治監督が20年に渡り取材して完成させたドキュメンタリー。「BOXER JOE」で辰吉のドキュメンタリー作品を手掛けた阪本監督が、95年からの20年間、当時と同じスタッフで定期的に撮影を続けた。95年8月、JBCのルールにより国内戦が出来ず、海外にリングを求めていた当時25歳の辰吉から始まり、次男・辰吉寿以輝がプロテストに合格した14年11月、44歳の時までを、インタビューを中心に構成することで、辰吉の人間性やボクシングに対する考え、父と子の絆、家族への思い、親として、ボクサーとしての心境の変化をとらえた。
企画・監督/阪本順治
出演/辰吉丈一郎
ナレーション/豊川悦司
配給/マジックアワー
公式HP
2月20日(土)シネ・リーブル梅田ほか大阪先行公開、2月27日(土)よりテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
PROFILE
辰吉丈一郎(たつよし・じょういちろう)
1970年5月15日生まれ 岡山県倉敷市出身
1歳になる前に両親が離婚、父親の手で育てられる。中学卒業後、岡山を離れ単身大阪へ。大阪帝拳ジムに入門。アマチュア時代より天才ボクサーとして勇名を馳せ89年9月、プロデビュー。91年7月に結婚。同年9月19日、世界戦で王者グレグ・リチャードソンに10回TKO勝利。プロデビュー後、わずか8戦目にしてWBC世界バンタム級王座を獲得した。同年12月に網膜裂孔で長期入院を余儀なくされ、92年9月の暫定王者ビクトル・ラバナレスとの王座統一戦に敗れ、王座陥落。93年7月、ラバナレスとのWBC暫定王座決定戦に判定勝ち。同年9月、網膜剥離で入院のため王座返上に至る。その後、手術は成功しJBC(日本ボクシングコミッション)が条件付きながら特例として、国内復帰を認める。94年12月にWBC世界バンタム級王座統一戦で薬師寺保栄と対戦し判定負けを喫す。96年3月と97年4月にはダニエル・サラゴサが持つWBC世界ジュニアフェザー級(現スーパーバンタム級)王座に2度挑戦するも敗北。97年11月、WBC世界バンタム級タイトルマッチでシリモンコン・ナコントンパークビューに勝利し、3度目の世界チャンピオン返り咲きを果たす。98年12月、ウィラポン・ナコンルアンプロモーションにKO負けでタイトルを失い99年8月、ウィラポンとのリターンマッチにも敗れる。JBCの年齢制限によりライセンス失効するも、15年現在までボクサーであること、世界王者への返り咲きにこだわり続けている。戦績28戦20勝(14KO)7敗1分。
映画『ジョーのあした-辰吉丈一郎との20年-』
INFO&STORY
元WBC世界バンタム級王者のプロボクサー辰吉丈一郎を、「どついたるねん」「顔」の阪本順治監督が20年に渡り取材して完成させたドキュメンタリー。「BOXER JOE」で辰吉のドキュメンタリー作品を手掛けた阪本監督が、95年からの20年間、当時と同じスタッフで定期的に撮影を続けた。95年8月、JBCのルールにより国内戦が出来ず、海外にリングを求めていた当時25歳の辰吉から始まり、次男・辰吉寿以輝がプロテストに合格した14年11月、44歳の時までを、インタビューを中心に構成することで、辰吉の人間性やボクシングに対する考え、父と子の絆、家族への思い、親として、ボクサーとしての心境の変化をとらえた。
企画・監督/阪本順治
出演/辰吉丈一郎
ナレーション/豊川悦司
配給/マジックアワー
公式HP
2月20日(土)シネ・リーブル梅田ほか大阪先行公開、2月27日(土)よりテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
PROFILE
辰吉丈一郎(たつよし・じょういちろう)
1970年5月15日生まれ 岡山県倉敷市出身
1歳になる前に両親が離婚、父親の手で育てられる。中学卒業後、岡山を離れ単身大阪へ。大阪帝拳ジムに入門。アマチュア時代より天才ボクサーとして勇名を馳せ89年9月、プロデビュー。91年7月に結婚。同年9月19日、世界戦で王者グレグ・リチャードソンに10回TKO勝利。プロデビュー後、わずか8戦目にしてWBC世界バンタム級王座を獲得した。同年12月に網膜裂孔で長期入院を余儀なくされ、92年9月の暫定王者ビクトル・ラバナレスとの王座統一戦に敗れ、王座陥落。93年7月、ラバナレスとのWBC暫定王座決定戦に判定勝ち。同年9月、網膜剥離で入院のため王座返上に至る。その後、手術は成功しJBC(日本ボクシングコミッション)が条件付きながら特例として、国内復帰を認める。94年12月にWBC世界バンタム級王座統一戦で薬師寺保栄と対戦し判定負けを喫す。96年3月と97年4月にはダニエル・サラゴサが持つWBC世界ジュニアフェザー級(現スーパーバンタム級)王座に2度挑戦するも敗北。97年11月、WBC世界バンタム級タイトルマッチでシリモンコン・ナコントンパークビューに勝利し、3度目の世界チャンピオン返り咲きを果たす。98年12月、ウィラポン・ナコンルアンプロモーションにKO負けでタイトルを失い99年8月、ウィラポンとのリターンマッチにも敗れる。JBCの年齢制限によりライセンス失効するも、15年現在までボクサーであること、世界王者への返り咲きにこだわり続けている。戦績28戦20勝(14KO)7敗1分。
Interview&Text/橋本宗洋 Photo/おおえき寿一