若い頃に何も思い通りにならない経験をしておくことはいずれ財産になりますよ、絶対
刑事など硬派な役から奇々怪々な難役まで演じる幅が広い佐野史郎さんが出演した映画『私は絶対許さない』が4月7日に公開される。小泉八雲の朗読劇や音楽、写真、ゴジラなど趣味も多彩な佐野さんが仕事に対して「世の中では設定した目標をクリアすることが美徳とされるじゃないですか。僕はこの考え方に子どもの頃から違和感があるんです」と語る理由とは。若い頃の苦労エピソードや俳優として芸能界の荒波を生き抜いてきた秘訣も探ると――。
60歳過ぎてまた変態役をやるのかというのが正直な本音でした(笑)
──演じられた雪村ですが『ずっとあなたが好きだった』の冬彦さんとはまた違う衝撃の役でした。「60歳を過ぎてまだ変態役をやるのか、というのが正直なところですよね(笑)だから『よし!』と気合いを入れて現場に向かったというよりは探りながらやっていたというのが本音です。ちょっと〝トホホ感〟がありました(笑)」
──佐野さんのツイートでは、中学3年生も〝冬彦さん〟を知っていたとか。
「今はインターネットなどで過去の映像を観ることができますから、若い世代でも簡単に古い作品が観れますよね?それが単純にいいことなのかどうかは分かりませんが、表現する側としてはうれしいことです。世代を問わないというのは」
──では本作出演の決め手は。
「プロデューサーが若松孝二監督作品を手掛けることが多かった、小林(良二)さんだったからです。脚本が若松監督の『キャタピラー』を書いた黒沢(久子)さんでもありましたし。若松組の方に声を掛けて頂いた点は大きかったですね。と言いつつ、選り好みはせずスケジュールが合えば何でもやりますよ。本を読んで『この役はちょっと』なんて言ったことはないんじゃないかな。素材に徹する面白さが俳優として演じる醍醐味ですから。僕ではなく他人として自分の体を監督や共演者の前に差し出すという喜びがあるので。どんな役でも映像の場合は。舞台に対しては慎重ですが」
──台本を読んだ感想は?
「台詞の中にもありましたけど、『1人じゃ何もできないくせに』という台詞が印象的でした。集団で思考停止すると人を人とも思わなくなる。映画は15歳の女子中学生が集団レイプをされた実話ですが、すべての出来事に当てはまると思います。劇中の家族、集団レイプする男たち、被害に遭った葉子をイジメにあわせる同級生たち…。物語の発端が集団レイプだから女性の弱さにつけこむ男たちを糾弾する構図ですが、思考停止した集団すべてに共通する現象を現しています。あと、和田秀樹監督が、登場人物すべての女性に〝救いの眼差し〟を用意していたのも印象的です。一方で男性は1人も救われない。監督がご自身にも厳しい何かを課しているのではと感じました」
──監督の演出はいかがでしたか。
「僕の役は監督の分身だと思ったので、カメラに映されながらもレンズの内側から見た眼差しが必要だと思いました。実際、葉子の主観で物語が進んでいくので、見られる側でありながら同時に見る側でもありました。監督も目の前のことを見つめながらも本当は何が起こっていたのかをご自身に問い掛けていらっしゃるのではないかと感じましたね。常に悶々としていらっしゃるようでした。それが映画を撮る原動力にもなっていらっしゃるのでしょうし、自己セラピーにもなっているのではないかと。見つめながらも監督の分身が見られることで、自分の存在を他人に預けるとでもいうような」
──佐野さんが山本恭司さんと続けている小泉八雲の朗読は、佐野さんにとってセラピーですか?
「どうでしょう?運命のようなも のですね。僕の故郷の松江は1890年に小泉八雲が来日してすぐに訪れ、妻セツと出会った地ですし、出雲の地には『古事記』の神々や妖怪、幽霊といったこの世のものではないものが数多く伝わっています。そうした世界に導かれているようにも感じています。また、ギタリストの山本恭司とは高校の同級生ですし、どうして同じ時期に恭司と僕があの地にいて表現の道に進んだのか?吸い寄せられるように集まったのは、土地の力が大きいのかなと」
──その土地の力は、どこにでもあるわけではないんですよね?
「いや、どこにでもありますよ!力がない場所も当然あるとは思いますが。僕が好きな世界を共にする人たちと出会えたのは、常に好きな世界を求め続けてきたからだと思います。つまり土地に根ざしたものが好きだということかもしれません」
俳優は保障のない職業だからこそ昔も今も目の前のことに必死です
──俳優として苦労した時期は。「映像の仕事をするまでは食えなかったですね。劇団員時代は親のスネをかじったりバイトでしのいで20代を過ごしました」
──どんなバイトを?
「僕らの時代の劇団員は自分たちで舞台のセットを作っていたんです。図面が読めたので、展示場の仕込みやテレビ局のセットを建てたり。ビル清掃なんかもしていました。(86年公開の初主演映画)『夢みるように眠りたい』でヴェネツィア映画祭に招待され、帰国してすぐに『さんまのまんま』のセットを建ててた時には『いったい何をやっているんだろう』と、そのギャップを楽しんでましたが(笑)まあ、バイトも楽しかったですよ。窓ガラス磨きとか綺麗になると嬉しくてね」
──ですが俳優は大半の人がなれない職業です。売れない時期に精神がへこたれそうになったりは。
「辞めなかったから続けられているんだと思います。迷った時は信頼する演出家から教えられた『目の前のことに対し正直に正確に対応する』だけ。俳優の仕事で言えば、相手との正しい距離感を保ち正確な位置に立ち、正確な音量で正確な態度で接する。なかなかできないので続けられているのかもしれません」
──他に俳優として大切にしていることはありますか。
「世の中では設定した目標をクリアすることが美徳とされているじゃないですか。僕はこの考え方に子どもの頃から違和感があるんです。クリアしても達成感を得られないんです。まあ、だいたいクリアできませんでしたが(笑)クリアした時に充足感がないわけではありませんが、なんとも言えない虚しさが襲ってくるような。〝目標達成ロス〟ですかね?常に不安定なまま探っている状態にしておく。人前に身をさらす俳優という仕事をなぜ続けるのか?と問い続けることもその一つかもしれません。人生の最終地点は『死』でしょうが、その時に悔いが残ると嫌ですしね」
──確かに。となると佐野さんは公務員を目指す今どきの20代とは真逆ですね。
「そりゃあ経済的には安定していたいですが(笑)俳優は保障のない職業ですから目の前のことに必死にならざるを得なかったんです。今が一番必死かも!!ずっと自分の思い通りにやってきて、仕事を辞めた途端に誰も言うことを聞いてくれなくなってブチ切れるご年配の方っているじゃないですか。ものすごく辛いだろうなあと。なかなか考え方は変えられないでしょうし。若い頃に思い通りにならない経験は月並みですが大切かもしれません。人は思い通りに生きられないと分かった上で、今日どう生きるかを考える。シンプルが一番いいですよね」
──最後に読者へメッセージを。
「撮影現場などで、若いスタッフが犯したミスを改善しようと先輩に『で、僕はどうしたらいいですか?』と訊いている光景を見かけます。でもそれは『僕』の話ではなく『仕事』の話ですよね?目の前のことがどうすれば良くなるかを考えないと『僕』の気持ちは変化しても事態は解決しないでしょう。能の花伝書にある『離見の見』ではないですが、己を離れたところから捉え、一生探り続けるしかないのかもしれません」
INFORMATION
【INFO&STORY】
東北地方の田舎でごく普通に暮らしていた中学3年生の葉子(西川可奈子)。そんな彼女の平凡な日々が若い男達に無理やり輪姦されたことで崩壊する。ひょんなことから出会ったレイプ犯の1人の養父と援助交際の契約を交わした葉子は、地獄からの脱出、そして男たちへの復讐のためにひたすら金を貯め続ける。高校を卒業し、東京へと向かった葉子は全身整形を施す。美しくなった葉子(平塚千瑛)は、昼間は真面目な学生、夜は学費や生活費を稼ぐために風俗で働くという生活をスタート。そんな中、葉子は客としてきた雪村(佐野史郎)に出会う。彼は将来の夫になる人だったがある日、彼の真実を知ってしまう……。15歳で性的集団暴行の被害に遭い、加害者の男たちへの復讐だけを胸に生きてきたという雪村葉子さんが執筆した手記を元に、その半生をたどる衝撃のストーリー。
【CAST&STAFF】
出演/平塚千瑛・西川可奈子・美保純・友川カズキ・白川和子・隆大介・佐野史郎ほか
監督/和田秀樹
原作/雪村葉子(ブックマン社)
脚本/黒沢久子
配給/緑鐵
4月7日(土)からテアトル新宿ほか全国順次公開
公式HP
(C)「私は絶対許さない」製作委員会
PROFILE
佐野史郎(さの・しろう)
1955年3月4日生まれ 島根県出身
75年、劇団シェイクスピア・シアターの創立メンバーとして初舞台を踏み、80年から唐十郎主宰の状況劇場に在団。86年、『夢みるように眠りたい』の主演で映画デビューを果たす。92年放送のTBSドラマ「ずっとあなたが好きだった」で演じたマザコン男性の桂田冬彦は、社会現象になるほど強烈なインパクトを放った。その後も「世にも奇妙な物語」シリーズや「誰にも言えない」「青い鳥」「MOZU」「ヒガンバナ」などテレビドラマに多数出演。近年の主な作品に映画『オー!ファーザー』『なりゆきな魂、』『ホペイロの憂鬱』、ドラマ「おんな城主 直虎」「春が来た」「西郷どん」がある。映画『となりの怪物くん』は4月27日公開。
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公式Twitter
【INFO&STORY】
東北地方の田舎でごく普通に暮らしていた中学3年生の葉子(西川可奈子)。そんな彼女の平凡な日々が若い男達に無理やり輪姦されたことで崩壊する。ひょんなことから出会ったレイプ犯の1人の養父と援助交際の契約を交わした葉子は、地獄からの脱出、そして男たちへの復讐のためにひたすら金を貯め続ける。高校を卒業し、東京へと向かった葉子は全身整形を施す。美しくなった葉子(平塚千瑛)は、昼間は真面目な学生、夜は学費や生活費を稼ぐために風俗で働くという生活をスタート。そんな中、葉子は客としてきた雪村(佐野史郎)に出会う。彼は将来の夫になる人だったがある日、彼の真実を知ってしまう……。15歳で性的集団暴行の被害に遭い、加害者の男たちへの復讐だけを胸に生きてきたという雪村葉子さんが執筆した手記を元に、その半生をたどる衝撃のストーリー。
【CAST&STAFF】
出演/平塚千瑛・西川可奈子・美保純・友川カズキ・白川和子・隆大介・佐野史郎ほか
監督/和田秀樹
原作/雪村葉子(ブックマン社)
脚本/黒沢久子
配給/緑鐵
4月7日(土)からテアトル新宿ほか全国順次公開
公式HP
(C)「私は絶対許さない」製作委員会
PROFILE
佐野史郎(さの・しろう)
1955年3月4日生まれ 島根県出身
75年、劇団シェイクスピア・シアターの創立メンバーとして初舞台を踏み、80年から唐十郎主宰の状況劇場に在団。86年、『夢みるように眠りたい』の主演で映画デビューを果たす。92年放送のTBSドラマ「ずっとあなたが好きだった」で演じたマザコン男性の桂田冬彦は、社会現象になるほど強烈なインパクトを放った。その後も「世にも奇妙な物語」シリーズや「誰にも言えない」「青い鳥」「MOZU」「ヒガンバナ」などテレビドラマに多数出演。近年の主な作品に映画『オー!ファーザー』『なりゆきな魂、』『ホペイロの憂鬱』、ドラマ「おんな城主 直虎」「春が来た」「西郷どん」がある。映画『となりの怪物くん』は4月27日公開。
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取材・文/内埜さくら 撮影/おおえき寿一