コワモテのルックス&若手と呼ぶには似つかわしくない重厚感漂う“悪カッコイイ俳優”波岡一喜さんが二度目の登場にして初のパイセンゲスト。缶ジュースすら買えなかった貧乏時代の話や、「ソレ本当に書いても大丈夫ですか!?」というエピソードまで、あけっぴろげに語ってくれました。心優しきアニキの本音に迫ります!!
そのルックスから不良役が似合うと想像する人は多いが、プロの芸人を納得させる漫才師役やコミカルなヒーローや好青年、ゲイ役まで幅広い役を演じる波岡一喜さん。09年の主演映画『喧嘩高校軍団國士義塾』登場時よりさらに深く突っ込んで、これまでの人生を支えてくれた人や仕事観をぶっちゃけトークして頂きました。
勝ち逃げ癖を消せば強くなる仲間から教えてもらいました

「周りの仲間に、強く生きていく術を教わったんですよ。マグレでいいから一度でも勝てれば、それが自信に繋がると。そして次からは(新世紀エヴァンゲリオンの)碇シンジ君みたいに、『逃げちゃダメだ』と思えるようになって、逃げ癖がなくなり、強くなると。弱いのは結局、自分に負けてるだけのこと。でも、弱さを知ってる人間が強くなると最強ですよ。俺、小学生になった時点ですでに大番長でした(笑)」
──なるほど。大番長的な立場はずっと続いたんですか?
「大学3年の頃はゼミの幹事長をしていて、自分からやりたいと手を挙げたわけじゃないのに、いつもそういう役目を担いますね。プレゼン内容はみんなが考えてくれて、ノートを貸してくれて勉強も手伝ってくれて。ホント、仲間に支えられてるなって思います。」
──波岡さんのように、周りから慕われ支えてもらえる人間にどうしたらなれますか。
「う~ん…正直分からないです。強いて挙げるなら、嘘をつかない。自分を信用してくれた人は裏切らないことですかね。自分を嫌う人とはとことん、戦いますけど(笑)あと、陰口は言わない。言いにくいことも本人に直接言いますね」
──強くて男らしい! 前は27歳まで俳優として生活できなかったと語っていましたが、その強さがあるから逆境も乗り越えられたと。
「それはあるでしょうね。昔(北野)武さんが『続けていればどんどんライバルが減ってく』とおっしゃっていて、俺も続けていればいつか勝つと信じてました。ただ、30歳までに芽が出なかったら辞めるという、期限を設けてましたけどね。期限を決めてたから頑張れたっていうのもあると思う。だから俺、スゲー頑張ってましたよ。バイトもたくさん掛け持ちしてました。19~27歳までネットの会社、21~28歳まで出版社、それと新聞社と、南平台の旧山手通沿いにあるイタリアンでもバイトしてたんですよ」
──イタリアンだけ具体的(笑)
「本当は代官山のケーキ屋さんでバイトしたかったんですよ。大阪にいた頃読んでた『NINETEEN 19』って漫画の主人公がバイトしていて、とってもオシャレな感じに思えたんですね。それにこのコワモテがケーキ屋さんでバイトしてたら、めっちゃモテるんやないかと(笑)結局、募集を見つけられなくてイタリアンを選びましたけど、場所柄芸能人の方が多くて、刺激を受けましたねぇ」
──直接接客するのは刺激的ですね。
「そうそう! メニューに載ってない“俺のサラダ”とか、『いつもの』って注文されるんですよ(笑)スゲー華やかに見えましたね」
──そして今、同じような立場になったんですよね。
「すぐ顔を覚えてもらって仲良くなれたり、行きつけになるほどちょっと優遇してもらえたりはするから、それは得だと感謝してます。ただ、俳優になった利点ってこれが唯一だとも思ってます」
──利点は、それだけですか!?
「ほかにないっすよ(苦笑)どんな職業でもしんどいことが9割を占めるものじゃないですか。芝居をやってる最中はもちろん楽しいですけど、精神的に追い詰められることも多々ありますし。どの職業でも同じですけど、保証がないからいつポッと仕事がなくなってもおかしくないですし。少し先は闇って状態がずっと続くんですよ。それをいかに乗り越えていくか。常に、精神的に闘ってます」
──ですが波岡さんは、どうしても今の職業に就きたかったのでは。
「それはもちろんそうですよ。だから俳優として食えない時代は、ギラギラしてる上にスーパーストイックでした。今の100倍は頑張ってたかも(笑)キックボクシングにダンスにアクション…1週間でやると自分に課したことが何コあったことか。ホッケー選手役のオーディションを受けるために、1ヶ月前から毎日5時間練習して、そのために映画を300本、観たりもしてましたからねぇ。当時の彼女って、今の嫁ですけど、デートは映画しか行ってませんし」
──奥様から文句が出たことは?
「ないですね。俺ホント嫁には支えてもらっていて、27歳でバイトを辞めて役者1本で食えるようになるまでは、ヒモみたいな状態だったんですよ。さすがに生活費は出してもらいませんでしたけど、家でご飯を作ってもらったり、外食代を奢ってもらったりしてました。嫁は弁護士を目指していたんですけど、俺が25歳を超えたぐらいで夢をキッパリと諦めて、支える側に回ってくれたんです。嫁が徹底してくれたから、余計に引けなくなったっていうのもありますね」
懐が深く怒らないのがカッコイイ先輩方を見てそう感じるように!!
──できた奥様ですね!「ありがとうございます。舞台を控えてるとスーパーギラギラして、食欲がなくなって体重が激減するし、イライラして“話しかけるなオーラ”が出るんですね。過去の彼女は全部、それが原因で別れたんですけど、耐えたのは嫁だけなんですよ」
──そんな苦労時代を今、ご夫婦で語り合うことはありますか。
「う~ん『そんなこともあったよね』程度ですね。ただ、俺自身は未だに貧乏時代を思い出します。当時、自動販売機でジュースを買うことすら迷うような生活をしてたんですよ。28歳ぐらいまで悩んでたかなぁ。ジュースを迷わず買えるようになって『ちょっとはよくなった』と実感しますね(笑)」
──その時代を経て今は素晴らしい作品との出会いに恵まれているわけですね。映画『ベイブルース~25歳と364日~』では、芸人さんから大絶賛されたそうですね。
「みなさん『どうせ俳優が漫才をやってんねやろ?』という目で観たらしいんですけど、『そうじゃなかった』とおっしゃって頂けて、久しぶりに手応えを感じた作品でしたね。『ドロップ』で仲良くなった(ピースの)綾部(祐二)さんからも、電話をもらったんですよ。『中川家の礼二さんもよかったって言ってたよ。それだけ』って。それだけって(笑)」
──哀川翔さん主演の『25 NIJYU-GO』での演技も印象的でした。
「Vシネマのオールスターが出てますから、呼んで頂けただけで光栄でした。テレビにも映画にも出て、Vシネマに関わっている若手って何人かいると思うんですが、この作品に出るためにVシネマに出始めたのかなと思いましたから。ああいう先輩たちを見てると、自分も大きくならなくちゃと思えるんですよね。昔はツッパるカッコよさに目がいってましたけど、懐が深くて、少々のことでは怒らないことをカッコイイと思えるようになったのは、あの先輩たちのおかげです。ホントみなさん、まったく怒らないんですよ。(哀川)翔さんがたまに『腹減った!』って言うぐらいです(笑)あと、最後にもう1つ、いいですか?」
──もちろん! お願いします。
「『何かを得るには何かを捨てなければならない』No Pain,No Gainが信条というか自分の中でブームなんです。世の中ってバランスが取れていて、成功の裏には必ず、捨ててるものがあると仲間と話してるんです。捨てるっていうのは、本筋、本業とは違う、自分が嫌なことに足を突っ込んでみるっていうこと。その嫌なことを続けることで、逆に本筋が伸びたりもするんです。本筋で嫌なことをしちゃダメですよ、嫌いになっちゃいますから。俺も実践中なんですけど、今あえて公開はしません。大成功した時に、改めて言いますね(笑)」
「大成功した暁には聞きに来ます」と伝えたら「もちろん、どうぞ!」と答えてくれました。勉強になる仕事観の披露、ありがとうございました。またぜひご登場を!!

波岡一喜(なみおか・かずき)
1978年8月2日生まれ 大阪府出身
早稲田大学政治経済学部卒業。05年公開の映画「パッチギ!」のモトキ・バンホー役で注目を集め、テレビ東京系「幻星神ジャスティライザー」で神野司郎(デモンナイト)役を好演。06年に、初主演ドラマのテレビ東京系「ライオン丸G」が放送。以降も映画やドラマを中心に活躍、幅広い演技をこなす。近年の出演作には映画「ベイブルース ~25歳と364日~」「25 NIJYU-GO」「図書館戦争」「夜だから」、ドラマ「仮面ライダー鎧武/ガイム」「ハードナッツ! ~数学girlの恋する事件簿~」「ごちそうさん」「遺留捜査」「ボーダーライン」、CM「TOYOTA VOXY」、舞台「365000の空に浮かぶ月」などがある。DVD「日本やくざ抗争史 巨大組織分裂」発売中。
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Interview&Text/内埜さくら Photo/おおえき寿一