ダメダメなお父さんからヤクザより黒いマル暴の刑事役まで幅広い役に起用され、味わい深い演技で観る人を魅了するまさに俳優になるために生まれたような男・小日向文世さん。1月19日に公開される映画『かぞくわり』では、今までとはさらに違った父親役で存在感を放っている。今回は作品のこと以外にも愛妻家としての一面や知る人も多い貧乏エピソードのほかに、夢を実現した方法も伝授してくれた。
やっぱり若いうちは、たくさん苦労したほうがいいと思う。苦しいけれど、きっと結果的には人間の幅を大きくしてくれますから。
叶えたい夢があるなら「なりつつある」と書くのもオススメですよ。
現時点での僕の寿命目標は95歳!30年間はあっという間でしょうね
──本作で夫婦役を演じた竹下景子さんとの共演はいかがでしたか。「確か竹下さんは僕と同じ学年なんですけど、女性らしい柔らかい雰囲気をまとった方でしたね。芝居になるとガラリと変わって、精神的に病んでいる感じが面白かった。若い頃、僕が演じた(堂下)健一郎に浮気されたことが原因で少しずつ精神不安定になっていくんですけど、あの芝居は見どころの1つですよ。ただ、竹下さんも僕も息子が2人なんですね。今回のように娘が2人いる父親がどんな感覚を持っているかが分からなかったので、2人のやり取りを見ながら役を作っていきました。ケンカをするシーンなんかを見ていたら、『女性は強いなぁ』と思いましたね(笑)」
──家族同士がいさかい合うシーンも印象的でした。
「次女の暁美が旦那にビンタされて、娘を殴られて怒った僕が旦那を思いっきりビンタするシーンでしょ? あれ、塩崎(祥平)監督のお気に入りなんです」
──これまで数々の父親役を演じていますが、本作での役作りは。
「健一郎は奥さんにイニシアチブを握られていて、頭が上がらないんです。奥さんが精神不安定になったのは自分が原因なのに、手を差し伸べようともしない。そのへんの男の優柔不断さや、ズルさをどう出したらいいかをずっと考えていましたね。あとはどの役に関しても基本的には、その役を好きになって演じることがうれしくなるように心掛けています。好きになるというのは、その役に興味を持つということ。それが、例え悪役であってもその人なりの生き様や事情、葛藤があったはずですから、それを想像してあげる作業が『好きになる』ということに繋がっていくんです」
──ご家族役のキャストの皆さんとは、ロケ地の奈良県でどのように過ごされたのでしょうか。
「オフは家族役のメンバーと明日香村へ行って日本で一番古い大仏の飛鳥大仏を見たり、大化の改新の舞台となった談山神社へも行きました。橿原神宮も素晴らしかった。観光客はどうしても京都へ集中してしまうみたいで、意外と奈良は人が少ないんです。そこがまた良かったですね。どこへ行っても清々しい空気が流れていて。奈良はおそらく〝気〟というものがしっかりと詰まっているんでしょうね。僕は高校の修学旅行でしか行ったことがなかったので今回、奈良でロケできると聞いた時はものすごくうれしかったです」
──本作は奈良が舞台の釈迢空による幻想小説『死者の書』(折口信夫著)から着想を得ています。死について考えることは。
「ありますねぇ。家族ができた時は『とにかく自分より先に子どもたちが死なないでくれ』と、強く思いました。特に最近は、『それほど遠い話ではないんだな』とよく考えるようになったので、年をとったなぁと思います。母が赤木春恵さんと同い年で今年95歳なんですけど、現時点での僕の寿命目標も95歳なんです。1月23日で65歳になるので、あと30年。今から30年前は、Bunkamuraシアターコクーンのこけら落とし前年で、所属していた劇団オンシアター自由劇場の座長、串田和美さんと、ヘルメットをかぶって建設中の建物を見に行ったんですよ。未完成の劇場や楽屋を歩いて見て回ったのが、ついこの間のような気がする。ということは、これからの30年間もあっという間なんでしょうね」
──11歳年下の奥様には、先に逝ってほしくないですか?
「先には逝ってほしくないですね。女房が逝ってしまうと僕と息子2人の男所帯になってしまいますし、トイプードルのきなこは女房にものすごくなついているので。女房には感謝しているんです。よくぞここまで支えてくれたと」
──奥様は、小日向さんに八つ当たりされた時に抱きしめてくれたエピソードが有名ですね。
「そうそう。仕事がなくて家でゴロゴロしていたら、掃除機がガツガツ当たるんですよ。『きっとイライラしているんだろうなぁ』と思ったけどまた当たるから『言いたいことがあるんだったらちゃんと言えよ。何で掃除機を人の体にぶつけるんだよ』と言ったんです。そうしたらね、すごく悲しそうな顔をして僕のことを抱きしめたんですよね。『かわいそうに』って(笑)女房は『仕事しないでずっといることが、本当にきついんだろうなぁ』と思っていたんじゃないですかねぇ」
──小日向さんは劇団が解散した42歳からドラマ『HERO』出演が決まる47歳までの5年間、借金生活をしていたそうですね。
「39歳で結婚して、41歳で長男が生まれているのに、ですよ(笑)しかも貯金ゼロ。劇団が解散した1年後ぐらいには、次男も生まれましたし。事務所の社長が『内緒だよ』と言って、貸してくれていたんです(笑)女房は『稼いでこい』とは一度も言わなかった。偉かったなぁ」
「日本はいい国だな」と感じつつ成り立ちを勉強する機会になれば
──奥様はすごい女性ですね。今の若い世代は堅実に貯蓄する人が多いですが、どう思われますか?「目標を持って貯めているならいいけれど、漠然とただお金を貯めるだけじゃ人生が虚しくならないかなぁ。若いうちはやりたいことは我慢せず、背伸びしてでも大きな目標を持ったほうがいいような気がする。僕がラッキーだなと思うのは、23〜42歳まで19年間も劇団に居続けられたこと。食えない時代のほうが圧倒的に長かったけど、芝居に夢中になれた。あの時代が結果的には、しっかりとした今の土台になりましたからね」
──劇団を辞めようとしたことは。
「実は25歳の時に一度思ったことがあったんですけど、串田座長に引き止められたんです。引き止められていなかったらたぶん、つぶれていたと思いますし、万が一運良く売れたとしても、落ちるだけだった気がする。やっぱり若いうちは、たくさん苦労したほうがいいと思う。苦しいけれど、きっと結果的には人間の幅を大きくしてくれますから」
──当時はどんなバイトを?
「劇団時代は稽古が終わって夕方6時から10時まで、銀座ワコールの地下にある喫茶店のキッチンで、チーズケーキやパフェを作っていました。夜11時から朝5時までは原宿にある、深夜レストランでバイト。劇場の真向かいにあるゲイバーと、西麻布の交差点近くにあるレズビアンバーでも働いたなぁ。赤坂のクラブでも働いたことがあって、『早く終われ〜』と思いながら(笑)お客さんの歌を盛り上げていました。あの貧乏時代も全部、血肉になりましたねぇ」
──当時から理想の姿をイメージして紙に書き出していたとか。
「ある書籍に『なりたいな』ではなく『なりつつある』と書くといいとあったから、マネしてみたんです。そのうち『〜荘』じゃなくて素敵なマンションに住んでやる、とか、何でもいいから叶ったらうれしいなと思うことを具体的に書き出すのはオススメですよ。『自分はこれさえ叶えば満足できるんだ』と、視覚化できて気が楽になりますから。紙に書き出すって、かなり自分にとって好ましい結果をもたらすみたいですよ」
──今も書いていますか?
「そういえば最近は書いていないですね。もしかしたら昔、書いたことがある程度、達成されたのかもしれません」
──早速実行します! 最後に作品の魅力をお願いします。
「都会で生まれた若い人には想像できないかもしれないけれど僕は北海道生まれだから、この作品を観ると日本の原風景を垣間見る感じがするんです。明日香村の田園風景や壮大な風景が美しいし、日本人であれば一度は奈良に行ったほうがいいという景色が堪能できます。どこの家庭にでもある葛藤をこの家族も乗り越えていく話で特別、刺激的な何かが起きるわけではないけれど、ファンタスティックな世界が繰り広げられていて『日本はいい国だな』と感じてもらえたらうれしい。奈良に行って僕自身が 「感じたんですが『もっと歴史を勉強したい』と思える場所だったんですよ。僕らは、自身の先祖について意外と理解していないでしょう。だから、もう一度日本というものの成り立ちを勉強する機会になる作品になるんじゃないかな」
INFORMATION
映画『かぞくわり』
【INFO&STORY】
堂下香奈(陽月華)は画家になる夢を挫折し、定職にも就かず父・健一郎(小日向文世)、母・松子(竹下景子)が暮らす実家で無気力な生活を送っていた。だが、妹の暁美(佃井皆美)と娘の樹月(木下彩音)が家に住み着き、香奈を軽蔑したことで堂下家の生活が一変する。家に居づらくなった香奈は神秘的な男性・清治(石井由多加)と出会い、再び絵を描くようになった。絵に没頭するようになり、香奈が内に秘めていた魂が目覚める時、家族、そして奈良の街に危機が降り掛かる――。主演は元宝塚歌劇団宙組トップ娘役の陽月華。民俗学者・折口信夫氏の著書「死者の書」をモチーフにした歴史ファンタジーだ。
【CAST&STAFF】
出演/陽月華・石井由多加・佃井皆美・木下彩音・松村武・星能豊・今出舞・小日向えり・関口まなと・雷門福三・国木田かっぱ・竹下景子・小日向文世
監督・脚本/塩崎祥平
音楽/Slavek Kowalewski
主題歌/花*花「額縁」(Ten Point Label)
配給/日本出版販売
公式HP
1月19日(土)有楽町スバル座、TOHO シネマズ橿原ほか全国順次公開
(C)2018 かぞくわりLLP
PROFILE
小日向文世(こひなた・ふみよ)
1954年1月23日生まれ 北海道出身
オンシアター自由劇場で19年間、中核的存在として活躍。96年の解散後は映像にも活動の場を広げる。04年、映画『銀のエンゼル』で初の主演、08年のドラマ「あしたの、喜多善男」では統合失調症で分離した一人の人間の二役という難しい主役を務める。11年、舞台「国民の映画」で「第19回読売演劇大賞」最優秀男優賞を受賞。12年公開の映画『アウトレイジ ビヨンド』では、「第86回キネマ旬報ベスト・テン」助演男優賞を受賞した。近作にドラマ「コンフイデンスマンJP」「高嶺の花」「リーガルV〜元弁護士・小鳥遊翔子〜」「メゾン・ド・ポリス」、映画『サバイバルファミリー』『ミックス。』『鋼の錬金術師』『祈りの幕が下りる時』『マスカレード・ホテル』がある。映画『そらのレストラン』は1月25日、『コンフィデンスマンJPthe movie』は5月17日公開。
公式HP
映画『かぞくわり』
【INFO&STORY】
堂下香奈(陽月華)は画家になる夢を挫折し、定職にも就かず父・健一郎(小日向文世)、母・松子(竹下景子)が暮らす実家で無気力な生活を送っていた。だが、妹の暁美(佃井皆美)と娘の樹月(木下彩音)が家に住み着き、香奈を軽蔑したことで堂下家の生活が一変する。家に居づらくなった香奈は神秘的な男性・清治(石井由多加)と出会い、再び絵を描くようになった。絵に没頭するようになり、香奈が内に秘めていた魂が目覚める時、家族、そして奈良の街に危機が降り掛かる――。主演は元宝塚歌劇団宙組トップ娘役の陽月華。民俗学者・折口信夫氏の著書「死者の書」をモチーフにした歴史ファンタジーだ。
【CAST&STAFF】
出演/陽月華・石井由多加・佃井皆美・木下彩音・松村武・星能豊・今出舞・小日向えり・関口まなと・雷門福三・国木田かっぱ・竹下景子・小日向文世
監督・脚本/塩崎祥平
音楽/Slavek Kowalewski
主題歌/花*花「額縁」(Ten Point Label)
配給/日本出版販売
公式HP
1月19日(土)有楽町スバル座、TOHO シネマズ橿原ほか全国順次公開
(C)2018 かぞくわりLLP
PROFILE
小日向文世(こひなた・ふみよ)
1954年1月23日生まれ 北海道出身
オンシアター自由劇場で19年間、中核的存在として活躍。96年の解散後は映像にも活動の場を広げる。04年、映画『銀のエンゼル』で初の主演、08年のドラマ「あしたの、喜多善男」では統合失調症で分離した一人の人間の二役という難しい主役を務める。11年、舞台「国民の映画」で「第19回読売演劇大賞」最優秀男優賞を受賞。12年公開の映画『アウトレイジ ビヨンド』では、「第86回キネマ旬報ベスト・テン」助演男優賞を受賞した。近作にドラマ「コンフイデンスマンJP」「高嶺の花」「リーガルV〜元弁護士・小鳥遊翔子〜」「メゾン・ド・ポリス」、映画『サバイバルファミリー』『ミックス。』『鋼の錬金術師』『祈りの幕が下りる時』『マスカレード・ホテル』がある。映画『そらのレストラン』は1月25日、『コンフィデンスマンJPthe movie』は5月17日公開。
公式HP
取材・文/内埜さくら 撮影/おおえき寿一