仕事に対して安心材料が1つもないのは、きっといいこと。慣れていないほうが常に崖っぷちに立っている感じがして、『火事場の馬鹿力』を発揮できると思います
小泉今日子さんがプロデューサー、豊原功補さんが脚本・演出を手掛ける株式会社明後日が主催する舞台『後家安とその妹』が5月25日から6月4日まで紀伊国屋ホールにて上演される。主役の後家安を演じるのは、NHK連続テレビ小説「まんぷく」の森本元役での好演が記憶に新しく、2018年だけでも映画出演が12本を超えて各界から注目されている毎熊克哉さん。5年ぶりに挑む舞台に懸ける想いとは。また、〝遅咲きの新人〟と呼ばれる毎熊さんならではの仕事への取り組み方も聞いてみると──。
日頃から大事にしている〝毒〟を後家安を演じるに当たり出したい
──本公演のプロデューサーである小泉今日子さんに、毎熊さんを主演に抜擢した理由を聞きました。「主役の後家安は、心に抱えている何かを表現できないと演じられない役。探すに当たりインターネットや何本もの映画を観る日々の中、ふと毎熊さん主演の『ケンとカズ』を思い出し『(後家安)いた!』と全員の意見が一致したのが、毎熊さんでございました」とのことです。 「非常に光栄でございます。僕、舞台は5年ぶりになるんです。今までも数多くと言えるほどは経験してきていませんし、ほかに舞台で頑張っていらっしゃる方々が大勢いる中でお声掛け頂いたのがすごく不思議でした。しかも、ちょうど『いつかまた舞台に出るんだろうな』という考えが頭の片隅にあった時期なので、うれしかったですね。ただどの作品においても本番前は怖くなるんですが、個人的には今回の舞台が特に怖い…。ゼロというか、マイナス1ぐらいのスタートになると思います」
──では、もし本番でミスをしてしまったらどうしますか。
「過去の舞台で間違った経験があるんです。台詞や動きがすべて飛んでしまうということはありませんでしたけど、台詞が1行飛んだり、小道具の置き場所を間違えるとかたぶん、お客さんは気づかないレベルです。今回もし何らかのミスをしてしまったら、ごまかすしかなくなるでしょうね(笑)」
──あはは! ほかにそこまで本作が怖いという理由は。
「殺陣が一場ある上に、歌も歌うんです。それだけならまだしも、本編が始まる少し前に、日替わりで5分ほど寄席をやろうという案も出ていて。実現するかはまだ分かりませんが、寄席が一番怖い。落語は特殊技能で、簡単に習得できるものではないんですよね。スベりたくはないんですけど、今からスベる気しかしません(笑)既存の話でも、自宅を出てから現場に来るまでの話でも何でもいいとは言われているんですけど、演目選びも難しくて。落語の稽古をする時間はあまり取れない気がするので、今から緊張しています」
──落語に馴染みはありましたか。
「もう亡くなってしまったんですが、関西に住んでいた祖父が上京したタイミングで20歳を過ぎた時に寄席へ一度行った程度で、馴染みがなかったんです。このお話を頂いてから聴き始めたんですけど、最近は『まんじゅうこわい』が好きです。まんじゅうが大好物な男が、あえて『怖い』と言って周りを騙し、部屋へ大量に放り込まれて食べ尽くしてしまうという。長編なので、YouTubeにアップされている4パートぐらいを分けて聴くようにしています。映画を観るような感覚で」
──脚本・演出・出演の豊原功補さんは怖いですか?
「怖くはないですが(笑)大先輩で役者の気持ちが分かっているぶん、鋭いです。厳しいであろうことも覚悟はしていたので、ついていきます! 僕にとってこの作品でしゃべる江戸弁は新たな挑戦なんですが、実際に江戸弁をしゃべる人に出会ったことがないので、参考にする人がいなくてハードルが高く感じていたんです。特に後家安は流暢な江戸弁をしゃべるので難しく思っていたんですけど、豊原さんはメチャクチャお上手で。ニュアンスやトーンを、具体的に教えて頂きました」
──豊原さんに演出をして頂いている上で、後家安を演じる時に意識していることはありますか。
「親父が巻き込まれた出来事で御家人を追われた恨みを腹に持つ後家安は、本当はどうしたかったのか、元々はどういう人間だったのかは台本には書かれていないんです。御家人を追われてからは酒、女遊び、博打とヤクザまがいの放蕩三昧。きっと誰もが隠し持っている〝毒〟を、後家安は全面に押し出して生きているんです。今の世の中、そんな生き方をしたら社会的制裁を受けるでしょうし、自分自身に置き換えても楽しい生き方かどうかは分からないですけど、赦されてしまうのであれば実行してしまうかもしれないな、と思わせてくれるかもしれません。その、後家安の〝毒〟を表現するためだけではありませんが、僕も自分の中にある〝毒〟みたいなものは日頃から大事にしています。日常生活においては人に不快な思いをさせたくないという思いを持つ普通の人間ですけど、後家安を演じる時は〝毒〟を引っ張り出して演じたいです」
落語のスピード感とテンポに加え殺陣など視覚的にも楽しめる舞台
──話は変わりますが、毎熊さんは高校卒業後、映画監督を目指して上京し専門学校に入ったそうですが、役者になった経緯は。「3歳の時に観た映画『E.T.』で映画作りに興味を持ち専門学校でも校内に役者志望者がいたので出てもらって演出をすることもあったんです。でも、役者の経験もないのに具体的にどう伝えたら自分のイメージ通りの映像を撮ることができるのか分からなかったから、知りたかったという理由が学生時代に役者を始めたきっかけです。別の監督が撮影する時は照明なんかを手伝いに行くこともあって、『ちょい役で出てよ』と頼まれることもあったので。そうした経験を積むうちに、演出するより自分で演じたほうが早いんじゃないかと思いまして(笑)だからきっかけは、『とりあえずやってみた』というのが最初です」
──実際に役者を『やってみて』いかがですか。
「大変ですよ。怒られるし(笑)ただ僕は運が良かったと思うんですが、本格的な映像作品に初めて出演した時の監督がメチャクチャ厳しかったんです。作品のテーマは東大安田講堂事件で、僕は前日に学生同士が話しているうちの1人。台詞は2行ぐらいしかなかったんですけど、何度も『目を動かすな!』と怒られまして。最終的には台詞を1つ減らされました。2行しかないうちの1行を(笑)監督には『ここまで自分をえぐらないと演じられないんだ』と教えて頂きました。逆に、監督をやろうという気持ちが吹き飛ぶほどだったんです。同時に目は大切だなと痛感し、〝目で語れる役者〟になろうと思いました。舞台では目の奥底までは見えないと思いますけど、目は今まで考えてきたことや内側から作ってきたものがバレてしまうので、大切にしたいと考えています。特別に目だけを意識するわけではありませんが」
──なるほど。そういった経験を踏まえて、役者人生で心掛けていることはありますか。
「僕らの仕事は作品ごとに〝ゼロに戻る〟んです。死ぬほど頑張って『あの作品よかったよ!』と評価されても、次の作品では前の芝居の評価が反映されない。だから毎回、ゼロを何とかしないといけないという不安にかられますが、それが役者という仕事の醍醐味でもあると捉えています」
──その心掛けは俳優業以外でも当てはまりますか?
「当てはまると思います。仕事に対して安心材料が1つもないのはきっといいこと。慣れていないほうが常に崖っぷちに立っている感じがして、『火事場の馬鹿力』を発揮できると思うので」
──有難うございます。最後に改めて舞台の見どころを。
「原案が三遊亭圓朝師匠の『鶴殺疾刃庖刀』(つるごろしねたばのほうちょう)と、古今亭志ん生師匠の『後家安とその妹』なので、事前に聴いてから観るとより楽しめるのではないかと思います。もちろん、聴かなくても楽しめますが、『後家安とその妹』でネット検索すると、(古今亭)志ん生師匠がしゃべっている映像がYouTubeにアップされているので自分が観客だったら聴いてから観るのも面白そうだな、と。舞台では役者が台詞を発するので落語よりは遅いかもしれないですけど、落語でしゃべるあのスピード感と軽快なテンポの中に、歌い踊るシーン、殺陣など視覚的に楽しんでもらえるようなシーンが多々あるので、楽しみにして頂きたいです。加えて僕や芋生悠さん、映画監督もされている森岡龍さんといった〝映像畑〟の役者と、舞台で百戦錬磨されてきた役者さんがミックスされた作品なので〝化学変化〟が起きればいいなと。僕は主役なのに不安でいっぱいですが(笑)舞台というフィールドで必死こいて演じている姿をぜひ観に来て下さい」
INFORMATION
明後日公演2019『芝居噺弐席目「後家安とその妹」』
【INFO&STORY】
元御家人の後家安(毎熊克哉)とその妹のお藤(芋生悠)。後家安はヤクザ紛いの放蕩三昧、一方お藤は大名に見初められ側室に。御家人を追われた恨みを腹に持つ、年若い兄妹に翻弄される人々の運命はいかに…。2017年に紀伊國屋ホールで上演された芝居噺『名人長二』では、豊原功補が企画・脚本・演出・主演の4役に挑戦。落語と演劇の融合という試みは落語ファンや演劇ファンからも好評を博した。今年の芝居噺弐席目となる本作も、前作同様に三遊亭圓朝の落語を原案に新たな物語を紡ぐ。
出演/毎熊克哉・芋生悠・森岡龍・広山詞葉・足立理・新名基浩・塚原大助・福島マリコ・古山憲太郎・豊原功補
原案/三遊亭圓朝「鶴殺疾刃庖刀」古今亭志ん生「後家安とその妹」
企画・脚本・演出/豊原功補
企画・製作/株式会社明後日
公式HP
5月25日(土)から6月4日(火)まで東京・紀伊國屋ホールで上演
PROFILE 毎熊克哉(まいぐま・かつや)
1987年2月28日生まれ 広島県出身
16年公開の主演映画『ケンとカズ』で「第71回毎日映画コンクール」スポニチグランプリ新人賞、「おおさかシネマフェスティバル2017」新人男優賞、「第31回高崎映画祭」最優秀新進男優賞を受賞。近年の出演作は映画『私の奴隷になりなさい第2章 ご主人様と呼ばせてください』『私の奴隷になりなさい第3章 お前次第』『夜明けまで離さない』『止められるか、俺たちを』『真っ赤な星』『新宿パンチ』『轢き逃げ─最高の最悪な日轢き逃げ─』、ドラマ「京都人の密かな愉しみBlue修行中『祝う春』」「未解決事件File.7『警察庁長官狙撃事件』」「コールドケース2」など。NHK連続テレビ小説「まんぷく」に森本元役での出演をはじめ、18年だけでも映画出演が12本を超えるなど各界から注目されている俳優だ。
公式Twitter
【INFO&STORY】
元御家人の後家安(毎熊克哉)とその妹のお藤(芋生悠)。後家安はヤクザ紛いの放蕩三昧、一方お藤は大名に見初められ側室に。御家人を追われた恨みを腹に持つ、年若い兄妹に翻弄される人々の運命はいかに…。2017年に紀伊國屋ホールで上演された芝居噺『名人長二』では、豊原功補が企画・脚本・演出・主演の4役に挑戦。落語と演劇の融合という試みは落語ファンや演劇ファンからも好評を博した。今年の芝居噺弐席目となる本作も、前作同様に三遊亭圓朝の落語を原案に新たな物語を紡ぐ。
出演/毎熊克哉・芋生悠・森岡龍・広山詞葉・足立理・新名基浩・塚原大助・福島マリコ・古山憲太郎・豊原功補
原案/三遊亭圓朝「鶴殺疾刃庖刀」古今亭志ん生「後家安とその妹」
企画・脚本・演出/豊原功補
企画・製作/株式会社明後日
公式HP
5月25日(土)から6月4日(火)まで東京・紀伊國屋ホールで上演
PROFILE 毎熊克哉(まいぐま・かつや)
1987年2月28日生まれ 広島県出身
16年公開の主演映画『ケンとカズ』で「第71回毎日映画コンクール」スポニチグランプリ新人賞、「おおさかシネマフェスティバル2017」新人男優賞、「第31回高崎映画祭」最優秀新進男優賞を受賞。近年の出演作は映画『私の奴隷になりなさい第2章 ご主人様と呼ばせてください』『私の奴隷になりなさい第3章 お前次第』『夜明けまで離さない』『止められるか、俺たちを』『真っ赤な星』『新宿パンチ』『轢き逃げ─最高の最悪な日轢き逃げ─』、ドラマ「京都人の密かな愉しみBlue修行中『祝う春』」「未解決事件File.7『警察庁長官狙撃事件』」「コールドケース2」など。NHK連続テレビ小説「まんぷく」に森本元役での出演をはじめ、18年だけでも映画出演が12本を超えるなど各界から注目されている俳優だ。
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取材・文/内埜さくら 撮影/おおえき寿一