『ゴルゴ13』の連載を五十年間休むことなく劇画家生活六十二年目に突入した、大家さいとう・たかを氏が今月のゲスト! 現在は十月六日から十一月二十七日まで大阪文化館・天保山で『連載50周年記念特別展 さいとう・たかを ゴルゴ13 用件を聞こうか……』が開催中だ。今年十一月三日に八十一歳を迎える今も精力的に劇画に取り組む意欲の源や娯楽作品の作り手としての仕事観に迫ると――。
生きている間は肉体を含めて全て借り物。我々人間は脳みそで今考えている一瞬しか自分のものにできないからこそ、考える力を手放したらアカン!
買う人を考えず売るのは言語道断読者が分かるものしか描きません
──十月六日から遂に『ゴルゴ13』展が始まりましたね!「最初に断っておきますが、金儲けのために開いたわけじゃないんですよ(笑)ずっとゴルゴのファンだという担当者の熱意にほだされたんです。『日本の宝であるゴルゴ13という劇画を、若い世代に伝える伝道師としての役割を果たしたい』なんて言われたらねえ。だから私は『好きなようにやって下さい』と伝えた後は『ハイ、ハイ』と頷いていただけなんです」
──ファンが企画した展覧会だからこそ内容が濃いんですね。女性にスポットを当てた第三章を楽しみにしている人も多いと思います。
「〝女モノ〟と呼んでいる作品は、怪我の功名もいいところですよ。台本が間に合わないというアクシデントが起きた時に、ドラマを自分で拵えたんです。脚本のクレジットを『沖吾郎』にして(さいとう氏が脚本を書く時のペンネーム)。これが結構、女性にウケたみたいですねえ。私、見てくれと違ってポエムが好きだったりして、すごくおセンチ人間なんです(取材陣大爆笑)私が女性を描くとおセンチな部分が出てくるから女性にウケたんだと思う。ただ、いまだに女性を描くのが下手だし苦手ですが」
──そう、聞いたことがあります。
「私が女性を描くと、まるで色気が出ないんですわ。美しい顔は描けるんですけど、男が触りたくなるようなセクシーさが滲み出ない。常に女性は男の上に位置する生物だと尊敬しているからでしょうね。男は女性に使われている動物なんですよ。全ての動物の世界を見てご覧なさい。女性は生命の根源で、いつしか母親に出世するでしょう。でも、男は男のままですから」
──男性が主人公の『ゴルゴ13』を描くのもいまだに苦手だとか。
「苦手だし難しいですね。だって超一流のスナイパーという、下手したら明日には死んでいてもおかしくない男が主人公なわけでしょう。その人物にリアル感を出すというのはね、これはしんどい仕事ですよ。毎回、挑戦と勉強の積み重ねです。それが読者に伝わって支えてくれたのかもしれません。世の中が私を突き動かしてくれているんです。チャレンジ精神が消失したら私は生きていけません」
──読者を一番に考えていることが先生の軸となっているんですね。
「そこを忘れているサラリーマン化した編集者には私、吠えまくってやるんです。『我々の作品は誰が読むねん!』と。『私は出版界の人間やから』なんて答えたら、『そんなことは忘れろ!』とも言います。読者は劇画に対して素人でしょう。だから私は徹頭徹尾、読者が分かるものしか描くつもりはありません。それが娯楽作品の作り手の宿命なんです」
──お客様第一目線で作品を描くと、先生の描きたいことは…。
「(『娼婦ナオミ夜話』をテーブルの上に置いて)この作品だけは描きたくて描いたんです。でも、私が描きたくて描いた作品はウケた試しがない(笑)そしてこれは私の持論ですが、芸術と大衆読み物には大差があるんです。例えば芸術作品である絵画の場合は飾って、気に入ったら買ってもらってという、中身が分かってからお金を出す世界でしょう。ところが我々の世界や映画は先に値段をつけて、お金を頂いてから渡す。ということは、お金を出してくれた分の満足度を与えられないことには通用しないんです。お客さんを満足させられないのは職業として邪道じゃないですか。だから作者の意識を反映させるのは、満足させた次の段階と考えています」
──作品を生み出す際、他に意識していることはありますか。
「編集者には『読者ともっと〝遊ぶ〟ことを考えろ』と言っています。遊ぶことは誰でも好きですから、取り入れたら読者は絶対に受け入れる。やいのやいの言い続けたんだけど、誰も聞いてくれません。一生懸命聞いてくれたのは、私の右腕を六十年務めてくれた石川フミヤス氏(二千十四年十一月死去)だけでした」
──徹底して読者目線で考える姿勢は、他の職業でも役立ちますか?
「モノを売るのであれば何の商売でも一緒ですよ。買う人のことを考えないで売るなんて言語道断。商売が成り立ちません。今の若い人にこの精神が受け継がれなくなっているのは、教育のあり方だと思うんです。教育とは、考える力を養ってあげること。でも最近、人間の考える力を奪う〝パンドラの箱〟が変わったことに気づきました。何か分かります?」
──いえ…教えて下さい!
「コンピューターですよ。このまま技術が進み続けたら人間が不要になってしまう。だから今の若い人は、チャレンジ精神を奪われる環境にいるということです。自分で考えんでよくなってますから」
──考える力を奪われない方法は?
「終戦後の小学校四〜五年ぐらいの頃ですかね、私『人間が地球上で一番の害虫だな』と思い至って、『人間、やめたろか』と三秒ほど考えたことがあるんです(笑)その時になぜ自分を壊さずに済んだかというと、自分で持ちたいと思ったわけでもないのに、こんな不思議な物体を無駄遣いしたら損だなと思ったんです。そうしたら、生きている間のものは肉体を含めて全て借り物だと思えてね。脳みそで今考えている一瞬のエネルギーしか自分のものではないと悟りまして。我々人間は考える一瞬しか自分のものにできないからこそ、手放したらアカン! と頭の片隅に置いているんです」
──貸本屋時代の〝気づき〟も、考える力を研磨したからでは。
「貸本屋の社長が客層を全く把握していなかったのを知った時に、『この世界、ガラ空きやんけ! これから伸びる!』とすぐ思えたのは、考える力のおかげかもしれませんね。なぜ伸びると思ったかと言うと、漫画は映画ほど金がかからんでしょう。映画で百人のエキストラを揃えようと思っても簡単には揃わないけど、漫画なら描けば揃えられる。幼い頃は映画マニアだったんで、『紙で映画が作れる!』と分かってからは、この世界のことしか考えなくなったんです。〝ガラ空きやんけ!〟というジャンルは今でも存在するでしょうね。見つけるためには、目を見開いて細か〜いところまで観察する必要がありますが」
──先生のその思想が詰まった制作現場も、展覧会ではリアルに再現されているそうですね。
「こんなに見せていいんか? っていうぐらい種明かしをしています(笑)武器庫に保管しているモデルガンも初めて貸し出しましたし、分業制の現場も」
──先生は貸本漫画誌と一般漫画誌を併行し、劇画の連載が通常八ページの時代に二十ページ以上を獲得するなど、時代のパイオニアです。中でも分業制は斬新な試みと言われましたよね。
「誰もやらなかった分業制を徹底してやってきたから、六十二年も続いたんでしょうね。でも私にとってさいとう・プロは大失敗なんです。本当はプロデューサーに徹して、この世界に核分裂を起こしたかった。〝核〟というのは映画でいう監督みたいなものです。ゴルゴという一つのキャラクターを複数の核で描いたら月にナンボでも描けるし、それぞれの核で違う味がどんどん出てくる。面白かったと思いますよ」
──早い段階から経営者目線も持ち合わせていたんですよね。
「三十歳の時に網膜剥離になりましてね。見えなくなったらプロデューサーに徹しきろうと思ったんです。でも、何とか治って私が仕事をするから、来る連中は私が競争相手でしかないわけですよ。プロデューサーとしては見てくれない。だからみんな、ある程度の形になると出て行きました」
──とはいえ一つのことを長く続けるのはすごいです! 秘訣は。
「一生の仕事にする以上はどんな仕事でも職業です。私は生きていくために職業として劇画を描いています。『これだけ長く連載していて飽きないか』という人もいますがそれって、もしお百姓さんが米を作ることに飽きたらどうするんだ? って質問と同じですよ。米を作るという職業だから一生懸命作っているわけでしょう。仕事は何でも必死になるからできるんです。私が六十二年間も必死でいられる理由はみなさん、分からんみたいですが。周りはのほほ〜んと描きたいものを描いて、それが売れていると認識しているみたいですが、今も毎日一生懸命ですよ」
INFORMATION
■『連載50周年記念特別展 さいとう・たかを ゴルゴ13 用件を聞こうか……』
【INFO】
孤高の超A級スナイパーを描いた劇画「ゴルゴ13」が、1968年11月発売の「ビッグコミック」(小学館)に連載されてから来年で50周年を迎えることを記念した特別展。全エピソードから厳選した「究極のゴルゴ」原画39枚など、初公開を多く含む計60枚の原画、さいとう・プロダクション内の“武器庫”に保管されているモデルガン12丁、「別冊ゴルゴ」「ゴルゴ増刊」というコレクターにとっても貴重なゴルゴ本の全巻表紙展示、さいとう・たかを氏の貴重な資料や仕事机の紹介、さいとう・プロの分業制解説、ゴルゴが愛用する“アーマライトM16”を精巧に再現したレプリカを構えることができる体感コーナーなど、ファンにはたまらない展覧会となっている。
【大阪展】(主催/読売新聞社・関西テレビ放送)17年10月6日(金)から11月27日(月)まで大阪文化館・天保山
【川崎展】(主催/川崎市市民ミュージアム・読売新聞社)18年9月22日(土)から11月30日(金)まで川崎市市民ミュージアムにて開催
公式HP
PROFILE
さいとう・たかを
1936年11月3日生まれ。大阪府出身。
本名:斉藤隆夫。家業の理髪師として働きながら55年、『空気男爵』で漫画家デビュー。その後、上京し、仲間と制作集団「劇画工房」を結成。大人の鑑賞に堪えうる「劇画」を定着させ、60年に分業制を取り入れた自らの漫画制作会社「さいとう・プロダクション」を設立。出版業にも進出した(のちの「リイド社」)。68年連載開始の『ゴルゴ13』は、現在まで1回も休載することなく続いている。他の主な代表作に『台風五郎』『無用ノ介』『デビルキング』『バロム・1』『影狩り』『雲盗り暫平』『サバイバル』『劇画・小説吉田学校』『仕掛人・藤枝梅安』『鬼平犯科帳』『剣客商売』などがある。『ゴルゴ13』で75年「第21回小学館漫画賞」、04年「第50回小学館漫画賞審査委員特別賞」を受賞。03年に紫綬褒章、10年に旭日小綬章受章。
公式HP
■『連載50周年記念特別展 さいとう・たかを ゴルゴ13 用件を聞こうか……』
【INFO】
孤高の超A級スナイパーを描いた劇画「ゴルゴ13」が、1968年11月発売の「ビッグコミック」(小学館)に連載されてから来年で50周年を迎えることを記念した特別展。全エピソードから厳選した「究極のゴルゴ」原画39枚など、初公開を多く含む計60枚の原画、さいとう・プロダクション内の“武器庫”に保管されているモデルガン12丁、「別冊ゴルゴ」「ゴルゴ増刊」というコレクターにとっても貴重なゴルゴ本の全巻表紙展示、さいとう・たかを氏の貴重な資料や仕事机の紹介、さいとう・プロの分業制解説、ゴルゴが愛用する“アーマライトM16”を精巧に再現したレプリカを構えることができる体感コーナーなど、ファンにはたまらない展覧会となっている。
【大阪展】(主催/読売新聞社・関西テレビ放送)17年10月6日(金)から11月27日(月)まで大阪文化館・天保山
【川崎展】(主催/川崎市市民ミュージアム・読売新聞社)18年9月22日(土)から11月30日(金)まで川崎市市民ミュージアムにて開催
公式HP
PROFILE
さいとう・たかを
1936年11月3日生まれ。大阪府出身。
本名:斉藤隆夫。家業の理髪師として働きながら55年、『空気男爵』で漫画家デビュー。その後、上京し、仲間と制作集団「劇画工房」を結成。大人の鑑賞に堪えうる「劇画」を定着させ、60年に分業制を取り入れた自らの漫画制作会社「さいとう・プロダクション」を設立。出版業にも進出した(のちの「リイド社」)。68年連載開始の『ゴルゴ13』は、現在まで1回も休載することなく続いている。他の主な代表作に『台風五郎』『無用ノ介』『デビルキング』『バロム・1』『影狩り』『雲盗り暫平』『サバイバル』『劇画・小説吉田学校』『仕掛人・藤枝梅安』『鬼平犯科帳』『剣客商売』などがある。『ゴルゴ13』で75年「第21回小学館漫画賞」、04年「第50回小学館漫画賞審査委員特別賞」を受賞。03年に紫綬褒章、10年に旭日小綬章受章。
公式HP
取材・文/内埜さくら 撮影/おおえき寿一