駅の券売機の近くや、郵便ポストの周辺などに、よく落ちている&置き忘れられている手袋の片割れ。その片方だけ落ちている手袋「片手袋」の研究を10年以上にわたって続けているのが、片手袋研究家の石井公二さんだ。実はハリウッド・スターのトム・ハンクスをはじめ、世界中に愛好家のいる片手袋の趣味。その奥深さを語ってもらった―。
「世界中の片手袋の愛好家が集う会議『G7』(glove7)を開催したい」
片手袋の思想を通して見ると映画『君の名は』も理解できる
──小さい頃に、森に落とされた片手袋に動物達が住もうとする絵本『てぶくろ』を読んだのが、片手袋に興味を持つきっかけだったそうですね。
「はい。読んだあとで町に落ちている片手袋を見て、「実際にあるんだなぁ」と思って。ずっと心のどこかで気になる存在でした」
──大学は芸術学部で、卒論は赤瀬川原平さんの作家論だったそうですね。やはり路上観察やトマソンが好きだったんですか?
「最初に読んだのは『超芸術トマソン』でしたね。ただ不思議なんですけど、大学時代は自分の片手袋好きと、赤瀬川さんの路上観察がリンクしていなくて。カメラ付きケータイを買って、片手袋の写真を撮り始めたときに、その2つが結びついたんです」
──写真を撮り始めても、同じ趣味の仲間はほとんどいなかったのではないでしょうか。
「mixiで片手袋のコミュニティを作ったときは、投稿する人は5人ほどでした。でも今はSNSを検索すると、世界中の人が片手袋の写真を撮っている事が分かりますよ」
──トム・ハンクスも片手袋の写真を撮っているんですよね。instagramでは「lostglove」というハッシュタグを付けて、片手袋の写真を投稿する人も沢山いると聞きました。
「両手袋を撮っている人もいるし、撮り方のルールや楽しみ方が人によって違うのも面白いです。僕も「片手袋に出会ったら絶対触らない」というルールを設けています」
──石井さんは、見つけた片手袋を「手袋の種類」「場所、状況」、「『放置型』と『介入型』(誰かが目立つ場所に移動したもの)」など様々な観点で分類していますよね。
「分類自体が好きなのもありますが、状況や場所を分類しておくことで、「こういうところに片手袋は多い」ということも経験的に分かり、探しやすくもなるんですよ」
──初心者はどこを探せばいいんですか?
「夏はまず路肩ですね。冬は町のそこかしこに落ちています。特に多いのは、駅なら切符を買うためにお金を取り出す券売機周辺や、Suicaを取り出す改札付近。あとバス停やATMの近くも多いです。 お金の流れを追うと、落ちていることが多い場所が分かるんですよ。どれだけ社会が複雑になっても、片手袋を落とす原理は凄くシンプル。片手袋を落とす魔の瞬間もどんな人にも訪れます」
──常に手袋だけに注意を張り詰めて生きているわけにもいかないですからね……。
「でも僕は片手袋にばかり夢中で、片手袋の近くに落ちていたお金に気づかなかったり、映画も「片手袋が出てくるかどうか」気になって楽しめなかったりしてますからね(笑)。文学やアート作品に出てくる片手袋の逸話も収集しているんですが、ディズニー映画には片手袋がよく出てきますよ」
──「ペアの片方がなくなる」という部分に物語性が生まれやすいんでしょうね。
「手袋を脱ぐことに性的な意味を背負わせている映画もあります。あと欧米の映画だと、決闘を申し込むときに片手袋を投げつけますよね。また手袋からは、その人の性別や身分、職業なども伝わる。手袋って人の分身みたいなところがあるんです」
──話を伺っていて、片手袋1つでこんな楽しみ方があるんだなと感心してしまいます……。
「僕自身は片手袋の背後にある人間の行動や感情を考えるのが特に好きなんです。ただ、論理では把握しきれないものもあるし、僕の分類に収まらない片手袋もある。あえて結論を先送りにして、永遠に続けていける部分もあります(笑)。あと僕は、宗教も特に信仰していないので、片手袋の見方が一つの価値の基準になっています。だから片手袋の思想を通して見ると、片手袋が出てこない映画『君の名は』のことも理解できたりして」
──そのロジック、ぜひ聞きたいです!
「少しネタバレになりますけど、あの映画は、生きている時代も場所も違う人が出会う話ですよね。だから「大人には荒唐無稽に見える」という声も多かったと思います。でもその話って、誰かが落とした片手袋を、知らない誰かが移動させる介入型の片手袋と似ているんです。人と人の人生が手袋一つで重なる瞬間がある。でも当人たちはそれに気づかない……みたいな。だから「この映画が伝えてることは、俺が片手袋を見て思っていることと同じだ」と思いました(笑)」
──そう考えると、偶然が生み出す片手袋という存在はロマンチックなものなんですね。
「でもその偶然は、逃れられない定めとして描けばホラーにもなります。手袋は人体の形をした装身具ですし、何かが宿った人の化身のように見える不気味さもあるんです」
──今後も研究成果の発表は、ネットとか展覧会などで続けていく感じでしょうか。
「あと、本も出したいですね。もっと大きな話では、世界中の愛好家が集う片手袋の会議を開きたいです。手袋=gloveなので『G7』という名前までもう決めています(笑)」
【INFORMATION】
6月30日(金)『別視点ナイト』に出演!
渋谷の東京カルチャーカルチャーで開催される『別視点ナイト〜路上観察に魂をささげたスペシャリストたち勢ぞろい!!〜』にも出演。ほか出演者は松澤茂信(珍スポットのスペシャリスト)、飯田正勝(便所サンダルのスペシャリスト)、木村りべか(植木鉢のスペシャリスト)、今和泉隆行(地図のスペシャリスト)など。
PROFILE
石井 公二(いしい・こうじ)
1980年、東京生まれ。片手袋研究家。玉川大学文学部芸術学科卒。街に片方だけ落ちている手袋を“片手袋”と名付け、2005年からその撮影や、発生のメカニズムなどを研究。2013年に神戸ビエンナーレ「アートインコンテナ国際展」に入選、奨励賞を受賞。現在はネットでの情報発信や作品制作、メディア出演、原稿執筆などを通じて片手袋の魅力を広めている。
公式HP
6月30日(金)『別視点ナイト』に出演!
渋谷の東京カルチャーカルチャーで開催される『別視点ナイト〜路上観察に魂をささげたスペシャリストたち勢ぞろい!!〜』にも出演。ほか出演者は松澤茂信(珍スポットのスペシャリスト)、飯田正勝(便所サンダルのスペシャリスト)、木村りべか(植木鉢のスペシャリスト)、今和泉隆行(地図のスペシャリスト)など。
PROFILE
石井 公二(いしい・こうじ)
1980年、東京生まれ。片手袋研究家。玉川大学文学部芸術学科卒。街に片方だけ落ちている手袋を“片手袋”と名付け、2005年からその撮影や、発生のメカニズムなどを研究。2013年に神戸ビエンナーレ「アートインコンテナ国際展」に入選、奨励賞を受賞。現在はネットでの情報発信や作品制作、メディア出演、原稿執筆などを通じて片手袋の魅力を広めている。
公式HP
取材・文/古澤誠一郎 撮影/熊代紀章