
いつ意識するのは自分のボクシングで勝つことだけです
プロ転向は25歳と遅咲きながらそこからわずか5年でチャンピオンベルトの奪取にも成功したプロボクサー内山高志さん。いまだ無敗と、圧倒的な強さで王座に君臨する男の強さの秘密とはー。──早くもジムで練習を再開したそうですね。
「ボクシングが好きなんで、少しでも休むと、すぐに身体を動かしたいなぁ、ボクシングをしたいなぁとなるんです」
──大みそかのソリス戦は圧巻でした。試合を振り返ってご自身のなかではどんな感想をお持ちですか?
「もちろん勝つ自信はありましたけど、正直、あそこまでのワンサイドな展開になるとは思ってなかったですね。始まるまでは、お互いが五分五分の、もっとキツい試合を想定してたんで」
──ということは、かなり余力を残しての幕切れだったと。
「ですね。体力的にもまったくダメージはなかったですし」
──しかし、あの勝利で〝ノックアウト・ダイナマイト〟の名声もよりいっそう高まりそうです。
「いつの間にか、そういうふうに言われてますけど、結果的にそうなってるってだけで、そんなにKOにこだわりはないんですよ(笑)。展開によっては考えて倒しにいくこともありますけど、基本的にいつも意識しているのは、自分のスタイル、自分のペースで、自分のボクシングをして勝つということだけです。だから、試合前になると毎回思いますよ。『つまんない(展開の)試合になっちゃったら、お客さんには申し訳ないな』って」
──狙わずして、プロ通算15KOとはさすがです! 次の試合のご予定などは? 巷では新たに暫定王者となったブライアン・バスケスとの王座統一戦やWBC同級王者の粟生隆寛選手との団体統一戦といった話もチラホラ聞こえてくるんですが。
「5月ぐらいにできればいいなとは思ってますけど、相手を含めて具体的にはまだ全然。まぁ、暫定王者が出てくるなら、やってまたなくしてもいいですし、出てきた順番にツブしていく感じでいいのかな、と。とにかく今は、一戦一戦に集中して、自分自身が強くなるってことのほうが大事なんで、周りは気にしてないですね」
──王座統一戦の直前、昨年12月には初の自叙伝「心は折れない」を出版されましたよね。これはどういった経緯で?
「『自伝本を出さないか?』というお話を頂いたのがきっかけですね。ちょうど右拳の手術をしたばかりで、満足に練習もできない時期だったんですけど、時間があったので」
──「防衛戦に勝って売上アップを狙いたい」とお話しされてましたがその後、かなり反響もあったのでは。
「部数についてはよく知らないんですけど、最初に刷った分は全部売り切れたみたいです。もともとが何万部とかの話ではないですし、それで稼いでやろうなんてことは一切考えてないです」
──せっかくですから、ここは大きく「サッカー長谷部誠の『心を整える』がライバル」ぐらいのことは言っておきましょうよ!
「長谷部選手の本はどれぐらい売れてるんでしたっけ? 100万部突破? いやいやいや(笑)」
右拳負傷のブランクは「新たな発見や喜び」の連続でした
──執筆されていた時期は、振り返ると転機になったそうですね。「本来なら選手にとってケガのブランクは、時間をロスしたと思うのが普通でしょうけど、自分にとって今回のケガで新しい発見があった。ボクシングを始めて17年も経って『俺はまだこんなこともできたんだ!』っていう驚きの連続でしたね」
──具体的にはどんな?
「やっぱり一番は左を強化できたこと。右拳を痛めて使えないから、ずっと左だけで練習してたら、自分でもビックリするぐらい左が良くなったってのが大きいですね。なにしろ、左フックなんてホント苦手だったのに、こないだの試合では、その左フックで相手を倒せたワケですから」
──でも、左手、左腕しか使えないとなると、練習も苦労されたのでは?
「そりゃ、毎日ジムに来て、ひたすら左だけやってたら正直飽きますよ(笑)。でも、そこで止めないで地道に続けてると、途中からふと『最近良くなってきたな』と思えるようになるんです。で、それがおもしろくなって、しばらくしたら、今度は両手を使えるようになる。すると、そこでもまた違う喜びがあるんです。もう、そのうれしさと言ったら、それこそ初めてボクシングに触れた時くらいの新鮮さでしたね」
──32歳にして、文字通り、初心に返ったわけですね。
「それまで『この打ち方だったらこれが限界だな』と思っていたものが、自分の想像を超えてパワーアップしていく。だから、防衛戦までの練習は、楽しくてしょうがなかったですよ」
──本にも書かれてましたが、ほかにも転機、人生の分岐点がいくつかありますよね。
「世界チャンプの奪取以外だとアマ時代は、大学1年時ですね。弱かったから同級生にも舐められる屈辱を味わい、夏から人の倍は練習して冬にはレギュラーの先輩に勝った。自信がついて、実力も伸びましたね。転向後はプロ3戦目の前に親父が亡くなった時。プロ入りを反対されていたんですが、『試合、頑張れよ』と言ってくれて。その言葉で、妥協したら恥ずかしくて生きていけないと思いました」
才能やセンスがなくたって地道な努力でなんとかなる
──話は変わりますが、東北でのボクシング教室開催など復興支援活動をされると聞きました。「ずっと考えていたんですが、ケガをしていたため断念した経緯があって。大みそかの試合に岩手・山田町の子供たちを招待したんですが『試合中はみんな目を輝かせて興奮して、とても喜んでいました』と関係者の方から聞き、元気づけることができたかなと。1月末に仙台市内の高校のボクシング部を訪問し、2月以降も月1回程度は東北でボクシングを教えていくことを決めました」
──内山さんがボクシングをする上でキツいのは減量ぐらいですか?
「僕の場合は日ごろから体重もあんまり変わらないんで、減量もそんなにないんです。試合の10日前ぐらいに3キロほどパッと落としてそれで終わり。普段から摂生することに関しては意識してやってますからね」
──我々のような一般人は3キロのダイエットにも四苦八苦するんですが、そこまでストイックに打ち込める秘訣って何でしょうか?
「誘惑はいろいろありますよ。でも、負けるのは怖いし、楽をして負けるってことが嫌で嫌でしょうがない。自分が負けてチャンピオンじゃなくなって、普通のボクサーになる…。その時のことを考えただけで、『やっぱ練習しよう』ってなりますから」
──それをモチベーションに転換できるだけで尊敬です!
「ただ負けず嫌いなだけですよ。家で友だちとちょっとしたゲームをやってる時でさえ、負けたらイラッとしますしね(笑)」
──そういった〝怖さ〟は、プロデビューがほかの選手より遅かったことも影響しているのでは?
「それは少なからずありますね。サラリーマンを辞めて、いきなりプロの世界に入って、家賃4万円のアパートに住んで、練習しながら生活のためにバイトもしなきゃいけない。そうまでして、もし30歳までに結果が出なかったら、引退して別のことを始めるにしても、なかなか厳しいものがありますからね」
──崖っぷちだったからこそ、自分に厳しくもできたと。
「きっと20歳とかで入ってたらダメになってただろうな、とは自分でも思います。先があると思うと、人ってダラダラしちゃいますし、僕にしたって、そういう追いこまれた状況になかったら、これほど集中してやれたかどうかは分かりませんし」
──食べていける、という実感を持てたのはいつごろですか?
「そんなのつい最近ですよ。チャンピオンになっても決して裕福になったワケじゃないですけど、ボクシングはとにかく世界を獲らないことには、それだけで食っていけない。世界を獲ると獲らないとでは、平社員と一流企業の重役ぐらいの差があるんです」
──ジムや大学の講義などでも若者と触れ合う機会が多いと思います。最後に、内山さんから、本誌で仕事を探す迷える若者たちに向けて、熱いアドバイスをお願いします!
「やりたい仕事ができてる人なんて、実際は100人いたら1人か2人。それでも続けてさえいれば、そこから違う何かが生まれるかもしれないし、これだと思う仕事にも巡り会えるかもしれない。だからこそ、まずは行動に移してほしいと思いますね。僕だってボクシングを始めたのは、単純に『カッコいい』と思ったからだし、ただお金を稼ぐことを目的にしたって全然いい。たとえ才能やセンスがなくたって、本人のやる気と努力次第で最終的にはなんとかなる。そのことは僕自身が身をもって証明してるわけですからね(笑)」
母校・拓殖大学での客員教授や各地での講演活動に加え、今年1月からは被災地・仙台での復興支援にも本格的に取り組むという内山さん。5度目の防衛戦という次なる大一番はもとより、そうしたリング外での多岐にわたる活躍からもますます目が離せない。
INFORMATION
■書籍『心は折れない』
【INFO】
WBA世界スーパーフェザー級王者として4度防衛。18戦18勝15KO無敗の現役チャンピオンで、日本人で「最もラスベガスに近い男」と言われている著者が初めて語る、その強さと持続力の秘密。味わった屈辱の日々、父との最後の約束、ボクシングのディープな世界。アマチュア時代むしろ弱かった男が、誰よりも強くなった理由がこの一冊に。
内山高志(著)廣済堂出版から好評発売中
PROFILE
内山高志(うちやま・たかし)
1979年11月10日生まれ 埼玉県出身
WBA世界スーパーフェザー級チャンピオン。ワタナベボクシングジム所属。野球、サッカー少年だったが花咲徳栄高校に進学しボクシングを始める。卒業後は拓殖大学に進み、ライト級で全日本選手権を大学4年時から三連覇(01年?03年)。02年にはよさこい高知国体で優勝。アマチュア4冠の実績を引っ提げて、プロ転向。05年、デビュー。07年にOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者となり、10年1月にファン・カルロス・サルガドを12RTKOで下し、第39代WBA世界スーパーフェザー級チャンピオンに。以降、アンヘル・グラナドス、ロイ・ムクリス、三浦隆司を破り昨年、大みそかには暫定王者ホルヘ・ソリスに11回TKO勝ちして王座統一&V4を果たした。一撃で相手を倒す驚異的なパンチ力と鍛え抜かれた鋼のようなボディーを誇り“ノックアウト・ダイナマイト”の異名を持つ。戦績は18戦18勝(15KO)無敗。
公式ブログ
公式HP

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PROFILE

1979年11月10日生まれ 埼玉県出身
WBA世界スーパーフェザー級チャンピオン。ワタナベボクシングジム所属。野球、サッカー少年だったが花咲徳栄高校に進学しボクシングを始める。卒業後は拓殖大学に進み、ライト級で全日本選手権を大学4年時から三連覇(01年?03年)。02年にはよさこい高知国体で優勝。アマチュア4冠の実績を引っ提げて、プロ転向。05年、デビュー。07年にOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者となり、10年1月にファン・カルロス・サルガドを12RTKOで下し、第39代WBA世界スーパーフェザー級チャンピオンに。以降、アンヘル・グラナドス、ロイ・ムクリス、三浦隆司を破り昨年、大みそかには暫定王者ホルヘ・ソリスに11回TKO勝ちして王座統一&V4を果たした。一撃で相手を倒す驚異的なパンチ力と鍛え抜かれた鋼のようなボディーを誇り“ノックアウト・ダイナマイト”の異名を持つ。戦績は18戦18勝(15KO)無敗。
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取材・文/内埜さくら 撮影/おおえき寿一