ドラマ『相棒』シリーズの米沢守役で知られ、映画やドラマに多数出演し、独特の存在感を放つ六角精児さん。10月25日公開の映画『くらやみ祭の小川さん』では、早期退職を余儀なくされた主人公の小川秀治を好演している。本作は、仕事に悩む人の希望になるシーンも描かれているという。「20年ほどブラブラしていました」と語る六角さんの仕事観と合わせて考え方を聞くと、そこにはシンプルな答えが――。
人生、人にしたことは必ず自分に返ってくる。いいことをしたからといって返ってくるかは分かりませんが、悪いことをしたら必ず返ってくるものなんです。人を裏切ったら自分も裏切られる。僕自身も『あぁ、ここで返ってきたか』と感じた経験があります。
「おそらく小川さんは、昭和の時代にいた〝会社人間〟なんです。誠意を持ってマジメに会社に尽くすことが、自分の生きる標(しるべ)だと信じていた。そういう人が早期退職という形でリストラされ、梯子を外されてしまったら、どう生きたらいいのか分からないという気持ちは、理解できます。僕は役者という仕事に対して〝職業〟という考え方をしていませんが、小川さんと同じ立場になったら途方に暮れると思うので。僕自身、仕事がまったくなかった時期があったので、当時ブラブラしていたイメージを小川さんに少し投影しました」
「ギャンブルをしながら20年ぐらいですかねぇ。20代の頃はたまにアルバイトもしていましたけど、30代になってからはバイトもしないで、役者として得たギャラで遊んでばかりいました」
「カセットテープを倉庫から出荷する作業に、窓拭きや防水屋……稽古が入るとバイトを休まなきゃいけないので歓迎されたことがほぼありません(笑)『また来てくれ』と言われたのは、スチールロッカーの運搬会社ぐらい。短期のバイトが多かったです。28~29歳の頃は、パチンコ屋の還元機を作るバイトをしていました。自分が作った還元機にアルバイト代が全部吸い込まれていく姿を見た時は哀愁を感じましたね(笑)引っ越しスタッフや製本補助に、建築現場の手元。ミスをしていない部下がなぜか上司に激怒されるという、不条理でブラックな世界をたくさん見てきました」
「ありますよ。デパートのゲーム機売り場に派遣された時に、年上の女性店員にこっぴどく叱られました。包装の仕方が不出来だったことが発端で『苦労を知らない手だ』と、いちゃもんまでつけられて。結局、その店員とケンカになり、チョロQ売り場に回されたんです。ゲーム会社から派遣されているのにミニカーを売るというおかしな事態になり、すぐクビになりました」
「カセットテープを出荷する作業です。当時の倉庫長が素敵な言葉をくれたんです。『俺はバイトには怒らない。人間の能力には差があるから、その能力の中で一生懸命にやればそれでいい。今の仕事ができないからといって、本人が悪いわけではない。こっちが勝手に決めているルールなんだから、違(たが)う場合だってある』と。あの言葉で気が楽になったと同時に、自分ができることをこの場でしっかりとやりたいなという気持ちになったんです。今は『能力には個性があるんだから、個性を活かせるようになればいい』と自分なりに解釈して、役者として個性を活かすという点で非常に役立っています」
「人が好きなんですよ。人に会うのって、お金がなくてもできるから。今も心掛けています。借金をしてまだ返済していない相手と会うこともありました」
「僕は相手の前から姿を消さなかったんですねぇ。消えることは簡単ですが、消えなかったから何とかなって今、ここにいるんです。厚かましいと思われても逃げなかった。あの判断が人生の境目だったと思っています」
「人にしたことは、いつか自分に返ってくる、という現実を学びました。いいことをしたからといって、返ってくるかは分かりませんし返ってこなくてもいいと思っていますが、悪いことをしたら必ず返ってくるものなんです。人を裏切ったら自分も裏切られる。僕自身も『あぁ、ここで返ってきたか』と感じた経験があるので」
「会社で一生懸命マジメに働いて家族を養い、人に悪いことを一切してこなかったからこそ、ピンチに陥った時、周りの人たちが支えてくれたんです。僕が言うのもおこがましいですが、マジメに仕事をすることで返ってくる成果は絶対にあるはず。映画にはその事実が描かれていますし、浅野(晋康)監督だからこそこの作品を撮ることができたと思っています。浅野監督のマジメさ、実直さという人柄が滲み出ているので」
「リストラされた夫に対して普通なら『いつ働き出すの』と雷のように言うじゃないですか。そして男は気持ちが塞ぎ、家にいられなくなってしまう。現実でそういう経験をしている人ってよく、公園で鳥にエサを与えていたりしますよね(笑)でも小川さんの場合は、妻が小言ひとつ漏らさず支えてくれて、家に居場所がある。小川さんがあのような素晴らしい奥さんと出会えていること自体が、マジメに生きてきた証なんです。最終的には、インチキやズルをしない自分に救われることを教えてもらえる夫婦だと思います」
「恋愛して結婚するって、いいモノだと思います。傷つき敗れる、苦い経験もすべて含めて。だから僕は『コスパを考える前に稼げばいいじゃん』と思ってしまいますね。今の若い世代は、給料の範囲内で生活していければいいと考えているフシがあるでしょう。コレがしたい、アレが欲しいという欲望が人を突き動かすわけだから、お金を稼ぐのは苦しいけれど遊びや自分が知らない世界に向かっていくためのエネルギー源としてお金を稼ぎ、使うようになってほしいですね。僕らの時代は、お金はないけど欲しいものがあって、やりたいことがあるから一生懸命働いたものなんです。若い時に遊びや未知の世界に投資しないと、言い方は悪いかもしれませんが、心が貧しくなってしまう気がします。とにかく若い世代は元気がない感じがするので、いろんな欲を今より増やしてオープンに。そして、遊ぶためのお金を稼ごうという意識を持ってほしい。僕の個人的な願いです」
「作品で描かれているリストラ、シングルマザー、認知症といったテーマは少し先のことだと捉えるかもしれませんが、励みになる人はいるでしょうね。何歳になっても人間は、『もうダメだ』と思ってしまったら本当にダメになってしまうわけで、小川さんのようにダメだと思わなければ道は広がっていくものですし。年齢を問わず物事への考え方次第で、未来は明るくなると教えてくれてもいますから。もし壁にぶち当たった時は、独りで頑張らず周囲の力を借りていいということも、小川さんの奮闘する過程を見たら分かって頂けるのではないかと。くらやみ祭を手伝う中で、自分の頭で考えられることには限りがあるけれど、何人かが集まると自分が考えつかなかったような案が出るシーンが描かれていますから。自分が打ち込みたいことの周りには必ず人がいて、その人たちと話し合い考えることで、新たな世界が無限に広がる場合がある、と感じ取ってもらえたらうれしいですね」
■映画『くらやみ祭の小川さん』
INFO&STORY
府中市に暮らす小川秀治(六角精児)は、妻・佐知子(高島礼子)と息子、娘の美沙(佐津川愛美)、そして年老いた母(水野久美)と平凡な家庭を築いてきた。会社を早期退職することなり意気揚々と第二の人生を歩もうとするが、再就職は難しく、厳しい現実に直面。とりあえず始めたアルバイトでも、娘のような若い女子先輩にダメ出しされてしまう。そんなある日、ひょんなことから地元の大國魂神社の「くらやみ祭」の手伝いをすることになり……。東京都府中市が町を上げて製作に取り組んで完成させた作品。人生の転換期を迎えた主人公が「くらやみ祭」に参加しながら地域の人々に助けられ、家族と向き合うことで人生の新たな楽しみを見いだしていく姿を描いた。
CAST&STAFF
出演/六角精児・佐津川愛美・斉藤陽一郎/柄本明/螢雪次朗・水木薫 ・水野久美・高島礼子 監督・脚本/浅野晋康 配給/ピーズ・インターナショナル
公式HP
10月25日(金)よりTOHOシネマズ 府中ほか全国順次公開
(c)ヴァンブック
六角精児(ろっかく・せいじ)
1962年6月24日生まれ 兵庫県出身
高校時代の演劇部の先輩である横内謙介氏が主宰する劇団「善人会議」(現:扉座)の旗揚げに参加。同劇団の主な公演に出演するほか、数多くの客演も。90年代以降、映像作品への出演も増え、05年のドラマ「電車男」で注目を浴びる。ドラマ「相棒」シリーズでは、鑑識官・米沢守を好演し、09年には『相棒シリーズ 鑑識・米沢守の事件簿』で映画初主演を務めた。近年の主な出演作に映画『空飛ぶタイヤ』『神さまの轍』『銀魂』シリーズ『ザ・ファブル』、ドラマ「ピュア!~一日アイドル署長の事件簿~」「時効警察はじめました」、舞台「十二番目の天使」「怪人と探偵」などがある。また、歌手としてギターの弾き語りライブも行うほか、鉄道ファンとして知られている。