乳首残像に触手、アヘ顔、「らめぇ」……エロマンガ特有の表現の謎を追う研究者
最近のエロマンガによく登場する、現実ではありえないレベルの巨乳(通称:超乳・奇乳)。昔からエロマンガに登場していた謎の「触手」。「らめぇ」「くぱぁ」などの独特な言葉や擬音……。これらの表現が生まれた背景を、膨大な資料をもとに研究しているのが稀見理都氏だ。その研究活動の内容と新著『エロマンガ表現史』について話を聞いた。
エロマンガで描かれる妄想の世界はSFやファンタジーに近いものになる
──もともとは一読者としてエロマンガを読んでいたわけですよね。
「マンガ全般が好きだったので、その一ジャンルとして長く・広く読んできましたね。それを個人的な趣味で調べていたら、かなり詳しい部類の人にな っていました。マンガ学会に参加しても専門の研究者はほぼいませんでしたし、『詳しいんだからお前がちゃんと研究してくれ』と後押ししてくれる人もいたので、よりディープに研究を始めた感じです」
──ご著書の『エロマンガ表現史』のなかで書かれていた「おっぱい表現の変遷」もリアルタイムで見てきたんでしょうか。
「そうですね。僕の世代は、まだ中学生でも頑張ればエロ本を買えたような時代でしたから(笑)。それから読み続けています」
──おっぱいの表現が「時代のバロメ ーター」であるという話が面白かったです。
「青少年が最初に出会う性的な存在って、やっぱりおっぱいなんですよね。 それを日本の若者がどう見てきたのか を調べると、日本人が巨乳好きになったのは、実はわりと最近だと分かります。巨乳という言葉が広まったのも89〜90年あたりなんです。それまではマニアックな趣味で、女性にとっても恥ずかしいものだった巨乳が、多くの人に好かれる存在になり、フェチを勝ち取っていった歴史が日本にはあるんです。これはAVやグラビアアイドルなどの分野にもまたがる話ですが、そういったフェチ構造の変遷は、あまり研究されてきませんでした」
──最近のエロマンガではありえないレベルの巨乳の女性も多いですよね。
「〝超乳・奇乳〟とも呼ばれていますね」
──そういう現実離れした描写も、エロマンガの面白さなんでしょうか。
「もちろんそうです。リアルなオカズを求めるならばAVで事足りるわけですが、エロマンガが描く妄想はSFやファンタジーの世界に近いものになる。ふたなり(両性具有)や男の娘のように、性を超越したジェンダ ーレスな存在も描かれるし、そこにフェチを感じて興奮する人もいる。人間の業が表れているのも、性を扱うエロマンガの面白さです」
──女性を責める「触手」が、規制を避けつつより鮮明な挿入シーンを描くために生まれた……という話にも驚きました。
「第一人者の方がそう仰ってましたね。エロの表現は、やはり規制したがる人達がいますから、いかにそれを掻い潜るかの戦いにもなります。昔から日本のエロ業界は真っ正面から戦わず、ゲリラ的に戦うんですよね(笑)。一方で読み手の方も『触手はエロい』と気づき始め、規制する側もそれに気づいて…というイタチごっこが面白いですし、触手責めについては、江戸時代の浮世絵に同じような表現があるのも面白さだと思います」
──ご著書は学術的な研究書でもありますが、特に知識がなくても「何か見たことある」という描写が多くありました。
「本の中で紹介をした〝乳首残像〟という効果も、見れば『ああ、これのことね』と分かる人が多いと思うんです。『エロマンガ表現史』は、そうやって何となく多くの人に共有されているものをまとめなおして、体系づけた本でもあります。『らめぇ』『くぱぁ』というような表現も、今はネットスラングになっているので、原点は知らずに使っている人も多いはずです」
──そのような表現が海外にも広まって人気を集めている一方で、「クールジャパン」のコンテンツには含まれない……とも書かれていましたね。
「やはりエロは排除対象にされやすいですし、アカデミックな分野でも『エロについて語ってはいけない』という空気が昔からあります。海外にはそういう雰囲気はないんですよね。もちろん、アダルトコンテンツに子どもが触れないようにするゾーニングは必要ですが、妄信的に規制したり、研究対象から排除したりするのは良くないと思 っています」
──エロマンガは、そうやって社会的な問題を考えるために読んでも実は面白いものなんですね。
「エロの分野は学術的な研究が全然進んでいないので、宝が眠っている未開の地とも言えます。今回は表現史の観点からエロマンガについて書きました が、ジェンダーの観点や規制の観点、 エロゲーとの関係からも書けることはあります。自分としても、まだ全体の一割も掘っていないという感覚なので研究は引き続き続けていきますし、1人では手に負えないジャンルなので、 情報共有をしながら研究を活性化していきたいです」
INFOMATION
『エロマンガ表現史』
乳首残像、触手、断面図、アヘ顔、etc……。エロマンガ特有のあの表現はいつ発明され・誕生し、なぜ進化し、どうやって「共通言語」になったのか?秘められた歴史が今、明かされる。
太田出版刊 2700円
PROFILE
稀見 理都(きみ・りと)
美少女コミック研究家、インタビュアー、ライター。日本マンガ学会所属。『増補エロマンガ・スタディーズ』(永山薫、ちくま文庫)の監修、『いちきゅーきゅーぺけ』(甘詰留太、白泉社)のエロマンガ時代考証を担当。企画「エロまんがとSF」にて第24回暗黒星雲賞受賞。15年、16年に北米最大のアニメイベントANIME EXPOに「HENTAIスペシャリスト」の肩書きでゲスト招待され講演を行なう。著書に『エロマンガノゲンバ』(三才ブックス)がある。
公式Twitter
『エロマンガ表現史』
乳首残像、触手、断面図、アヘ顔、etc……。エロマンガ特有のあの表現はいつ発明され・誕生し、なぜ進化し、どうやって「共通言語」になったのか?秘められた歴史が今、明かされる。
太田出版刊 2700円
PROFILE
稀見 理都(きみ・りと)
美少女コミック研究家、インタビュアー、ライター。日本マンガ学会所属。『増補エロマンガ・スタディーズ』(永山薫、ちくま文庫)の監修、『いちきゅーきゅーぺけ』(甘詰留太、白泉社)のエロマンガ時代考証を担当。企画「エロまんがとSF」にて第24回暗黒星雲賞受賞。15年、16年に北米最大のアニメイベントANIME EXPOに「HENTAIスペシャリスト」の肩書きでゲスト招待され講演を行なう。著書に『エロマンガノゲンバ』(三才ブックス)がある。
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取材・文/古澤誠一郎