30数年経った今だから言えますけど実はあのドラフト会議は…
「怪物・江川」と呼ばれた高校球児は、入団経緯から「エガワる」という流行語まで生み出したプロ野球選手に。伝説の大エースとして記録と記憶を積み上げた。現在は野球解説者として活躍する江川卓さん。今でも野球に携わり続け、1つの道を突き進む男は、どんなポリシーを持っているのか。その生き方に徹底的に迫る!
ライバル意識を燃やしてはいましたけど、一度も邪魔し合ったことはありません
野球解説者&タレントとして人気を博す江川卓さんが出演して話題を呼んだTBSで放送されたテレビ番組が、映画「[劇場版]ライバル伝説〜光と影」に進化して劇場公開。未公開シーンも収録されていて、各界からも大絶賛されている本作で男らしい生き様を見せた江川さんに、人生哲学と仕事観をインタビュー!!
座右の銘は宮本武蔵の『五輪書』に出てくる『観見二眼』です
──今日は、江川さんの座右の銘や仕事に対する考え方などをお伺いできれば、と思っています。「え? 座右の銘から話しちゃってもいいんですか? 映画『劇場版 ライバル伝説〜光と影〜』の宣伝より先に(笑)」
──はい。ぜひ!
「挙げるなら『観見二眼(かんけんにがん)』ですね。宮本武蔵の『五輪書』に出てくるんですが、『観』は人から自分がどう見られているか、『見』は自分の目の前に見える世の中のことで、常にこの2つの〝目〟を持つと、バランスよく人生を進められるという意味です。御誌は求職中の人が読みますよね? でしたら普通、仕事を探す時は、『この仕事が自分に合ってるか』という観点で探すと思いますが、『あなたはこう見えます』といった人の意見をプラスして考えると、いい就職ができて人生が変わるかもしれませんね。残念ながら僕はまだ宮本武蔵に会ったことがないから(笑)…だと思う、という形でしかお伝えできませんが」
──その座右の銘は、プロ野球選手時代から持ち続けていましたか。
「そうですね、随分若い頃からです。ジャイアンツに入団する時の〝難しい時期〟だったあの頃は、既に心に持っていた気がしますね」
──ありましたね、難しい時期。
「30数年経った今だから言えますけど、九州のチームにドラフト指名された時、親戚に大反対されたからお断りしたんですよ。僕の父が6人兄弟、母が10人兄弟みんな在京で商売をしてた都合上、その全員に猛反対されたんです。遠く離れた場所に行かれたら困ると。で、その時にたまたまジャイアンツに入ることができるっていう話を頂いて、僕自身は昔から長嶋さんに憧れてたから…という流れがあって。当時はドラフトがあるから、具体的なコメントはしちゃいけないっていう事情があったんですよ」
そりゃあ悔しかったですよ。欲しかったですね、沢村賞は
──その時期を経て入団して、チーム内での軋轢は?「3年目に日本シリーズで日本一になるまでは、チームの中がぎくしゃくしてましたよ。小林(繁)さんというエースがトレードで阪神に行かれて、なぜ僕が入るんだ、と。小林さんには申し訳ないことをしたし、僕自身が巻いた種なんですけど。でも、日本一になって初めて、僕がチームのエースとして認められた感がありました」
──巨人では西本聖投手とライバル関係でしたね。江川さんは野球のエリートで、ライバル意識とは程遠い印象がありましたが。
「僕はそういうものを持ちながらも周りに見せない、ポーカーフェースだったんです。西本は全面的に出して自分のペースを作るっていう両極端なタイプで。僕は『わざとらしい!』と感じていたし、西本は『いつもクールな顔して!』と思っていたんじゃないですか。ただ、彼が投げる試合を観ながら毎回、『打たれろ!負けろ!』と心の中で叫んでいましたけど、憎いと思ったことはありませんね。彼も同じ思いだったのでしょう。彼というライバルがいなければ、あそこまで頑張らなかったかも知れませんから」
──ライバルって必要ですか?
「働く上では必要ですね。ライバルに対して成功してもらいたいって友情と、人生負けたくないという対抗心の両方があって始めて、自分が上がっていく時の要素になり得るので。だけど僕らは、ライバル意識を燃やしてはいましたけど、かつて一度も邪魔し合ったことはありません。だから今こうして、しゃべることができるわけで。みなさんにも、邪魔はし合わないで頂きたい。あとは、瞬間で判断しないことも大切ですね。一瞬、抜く、抜かれるってことはありますけど、僕らの場合も結果としては西本が沢村賞、僕がMVPを受賞して1勝1敗ですから」
──沢村賞を西本さんが受賞した当時、悔しくはなかったんですか?
「そりゃあ悔しかったですよ。欲しかったですね、沢村賞は。プロ入りする時、10年現役、100勝、1000三振という目標と、最多勝、防御率1位、沢村賞の3つを獲ることを目指してましたから。達成できなかったのは、10年現役と沢村賞だけ。だから当時は悔しいのと同時に、難しい時期を超えて入団したから、投票してくださる方の中では僕は当てはまらなかったんだな、と」
──悔しさをどう消化しましたか。
「ん〜……記者会見に行かなかった。これも今だから言えるんですけど、沢村賞の発表があるからと呼ばれて行ったのに、選ばれたのは僕じゃなかったわけですよね。で、『え? 呼ばれたのに僕じゃないの!?』って思ったから、1週間後にMVPの発表があるって呼ばれた時には行かなかったんです。そうしたら僕がMVPで、会場に4時間遅れて行ったら、マスコミにブーイングを浴びせられて、言い合いになって。今となっては誰も覚えてない事実ですけど、若さゆえのとんがりでしたねぇ……。そしてまた、難しい時期を迎えてしまったという(笑)」
──意外と苦労人なんですね。
「何度も挫折してますよ。甲子園で優勝してないし、東京六大学野球では2回負けてるし、記録となる48勝もできてません。プロ入りした時に難しい時期を迎えたし、人生って予期しないことが起こりますねぇ…。僕あの時、ヘアーサロンにいてびっくりしたんですよ(笑)」
解説が『よく外れますね』と言われて手応えを得ています
──解説者として活躍する現在の江川さんのライバルは?「今はスタッフを含め、番組で一緒になった人はファミリーって感覚ですからねぇ。これは僕個人の意見ですけど、仲の良し悪しって画面に出てしまう気がするから、普段から家族と同じ気持ちで接するよう、決めているんです。まあ、でも本音は自分と同じ時間帯に同じような番組を持っている人がライバルですよ。って僕、日テレで仕事していて今回、TBSで映画を製作して頂いたのに、言いづらいじゃないですか」
──すみませんそうでした(笑)。解説する上で心掛けていることは。
「僕の数少ない友だちに、歌舞伎役者の中村勘三郎さんと、今の人でも分かる現代歌舞伎も作る野田秀樹さんの2人がいるんですけど、3人とも同い年でね。しかも僕らは歌舞伎と野球という、世界は違えど伝統的な歴史あるものに自分が入って行って、後世に伝えていく仕事をしているんですけど、お互いの世界を見て感じたのは、歴史的なものに新しいものをプラスしてアレンジしないと、斬新さに欠けるな、と。だから僕は解説の仕事をする際、解説者は外れてはいけなかったんですけど、あえて間違ったことを言って、なぜ外れたか、理由を伝える手法もあるかなと。そうするとタクシーの運転手さんに、言われるワケですよ。『よく外れますね』と。外れると言われるってことは見て、聞いて頂いている証拠ですから、そこで手応えを得ましたね」
──勉強になりました。最後に読者にメッセージを!!
「映画でも描かれていますが、人が持っていて自分にないものを発見した時、その人を羨ましいという嫉妬心が湧き上がるんですよね。でもね、結果としてその人が自分より多くの幸せを持っているかどうかは分からないんです。そう考えると気持ちが楽になって、ライバルと張り合えると思いますよ」
テレビ出演している時と同じように、隙と無駄のないトークで、読者の後学になるコメントを数多く発してくれた江川さん。1つの道を極めた怪物の語る、笑いを交えた体験談は記憶にインプットしておきたいものばかり。今後の活躍からも生きる姿勢を学びたい。
INFORMATION
■映画『[劇場版]ライバル伝説〜光と影』
【STORY&INFO】
TBSテレビで放送され、好評を博した「ライバル伝説…光と影」と「スポーツ人間交差点…光と影」を放送時には入りきらなかった未公開シーンを加え、大幅に再構成・再編集し、劇場公開。日本のスポーツ史に名を刻んだ選手たち。あの時何を思い、いかにしてその後の人生を歩んできたのか。当事者が語る戦いの真実と、積年の思いを、それぞれの視点から描いていく。
◆江川卓×西本聖「いつも、おまえが憎かった。」73年、作新学院のエースとして甲子園を沸かし、巨人に入団した怪物・江川卓。その時雑草・西本聖は入団五年目。甲子園出場もなく、ドラフト外で入団した西本にとって江川は、築き上げてきた地位を脅かす存在であった。互いが投げる試合を見ながら、「打たれろ!負けろ!」と心の中で叫び続けていたという二人…。今まで一度も腹を割って話をしたことのない二人が、再会を果たす。野球界伝説のライバルは果たして何を語るのか?
【CAST&STAFF】
出演/江川卓、西本聖、有森裕子、松野明美ほか
語り/堤真一
プロデューサー・総監督/菊野浩樹
製作/TBSテレビ
配給/東京テアトル 6月16日(土)よりヒュー マントラスト有楽町、 テアトル新宿、テアトル梅田ほか全国順次公開中
公式HP
PROFILE
江川卓(えがわ・すぐる)
1955年5月25日生まれ 福島県出身
73年に春夏と甲子園に出場。作新学院を卒業後、74年に法政大学に進学。79年、巨人に入団。9年間の在籍中、80年、81年と2年連続で最多勝を記録。81年には防御率1位とともにMVPを獲得。ベストナインにも二度選出。81年、引退後は日本テレビの専属野球解説者に。「Going!Sports&News」出演中。また、96年11月には社団法人日本ソムリエ協会よりソムリエ・ドヌール(名誉ソムリエ)に認定。著書に「たかが江川、されど江川」「夢ワイン」などがある。野球解説者、コメンテーター、ワインソムリエなど幅広い分野で活躍中。
■映画『[劇場版]ライバル伝説〜光と影』
【STORY&INFO】
TBSテレビで放送され、好評を博した「ライバル伝説…光と影」と「スポーツ人間交差点…光と影」を放送時には入りきらなかった未公開シーンを加え、大幅に再構成・再編集し、劇場公開。日本のスポーツ史に名を刻んだ選手たち。あの時何を思い、いかにしてその後の人生を歩んできたのか。当事者が語る戦いの真実と、積年の思いを、それぞれの視点から描いていく。
◆江川卓×西本聖「いつも、おまえが憎かった。」73年、作新学院のエースとして甲子園を沸かし、巨人に入団した怪物・江川卓。その時雑草・西本聖は入団五年目。甲子園出場もなく、ドラフト外で入団した西本にとって江川は、築き上げてきた地位を脅かす存在であった。互いが投げる試合を見ながら、「打たれろ!負けろ!」と心の中で叫び続けていたという二人…。今まで一度も腹を割って話をしたことのない二人が、再会を果たす。野球界伝説のライバルは果たして何を語るのか?
【CAST&STAFF】
出演/江川卓、西本聖、有森裕子、松野明美ほか
語り/堤真一
プロデューサー・総監督/菊野浩樹
製作/TBSテレビ
配給/東京テアトル 6月16日(土)よりヒュー マントラスト有楽町、 テアトル新宿、テアトル梅田ほか全国順次公開中
公式HP
PROFILE
江川卓(えがわ・すぐる)
1955年5月25日生まれ 福島県出身
73年に春夏と甲子園に出場。作新学院を卒業後、74年に法政大学に進学。79年、巨人に入団。9年間の在籍中、80年、81年と2年連続で最多勝を記録。81年には防御率1位とともにMVPを獲得。ベストナインにも二度選出。81年、引退後は日本テレビの専属野球解説者に。「Going!Sports&News」出演中。また、96年11月には社団法人日本ソムリエ協会よりソムリエ・ドヌール(名誉ソムリエ)に認定。著書に「たかが江川、されど江川」「夢ワイン」などがある。野球解説者、コメンテーター、ワインソムリエなど幅広い分野で活躍中。
取材・文/内埜さくら 撮影/おおえき寿一