NHKアナウンサーを経て現在はジャーナリストとして活躍する堀潤さんが監督・撮影・編集・ナレーションを務めた映画『わたしは分断を許さない』が公開中だ。5年の歳月をかけて追った「分断」された一見、自分とは無関係に感じられる世界の真実は、今こそ観るべきドキュメンタリーとも言える。危険な目に遭う可能性もある現場へ出向く原動力やNHK退社直後の苦労時代、「いつでも(レギュラーが)終わる覚悟はしている」と語る仕事への考え方も紐解く。
「分断」は周辺でも起きている主語が大きいと起きやすい現象
──映画のタイトルにも入っている、「分断」という言葉に注目した経緯を教えて頂けますか。「分断は『断ち切って別れ別れにする』という意味を持つ言葉ですが、僕が強く意識し出したのは13年以来追い続けている『生業を返せ! 地域を返せ! 福島県原発訴訟』の原告団のみなさんへの取材です。映画にも出てきますが、東日本大震災で避難指示を受けた人に対して、事故を起こした東京電力は国の指針に基づき賠償金を支払いました。ですが、賠償金が受け取れるか否か、また金額の大小で細かなグルーピングが行われ、本来助け合って暮らしていくべき住民間で、分断が深まっていったのです。最近、身の回りでも分断が増えていると実感しています。例えば派遣社員と正社員。LGBTや男女の性別。日本人なのか、日本人ではないのか。カテゴリー分けされて違いが明確になるほど、自分とは違う側の層に対して無関心、あるいは疑心暗鬼になり、沈黙を貫く傾向にあると捉えています。でも、ひとつの現場だけを見ていても解決策は見出だせない。一度、分断という溝が生まれたら元通りにするのは難しいので、手当てができるヒントがほしくて各地を訪ね歩きました。同時に、分断にアプローチしている現場もあるという事実を、セットで観て頂きたかったんです」
──作品で堀さんがおっしゃっていた、「主語が大きいと分断が起きる」という言葉も印象的でした。
「例えば僕が東日本大震災をニュースで報じる際、東日本を『被災地』と大きな主語でひと括りにするとします。そうすると、『よくぞ言ってくれました』という地域の方もいらっしゃれば、『まだ被災地というレッテルを貼るんですか』とか『ウチは避難者を受け入れているのに』という地域の方もいらっしゃる。これは主語が大きいからこそ起きる分断で、真実を見極めるためには主語を小さくする必要があるんです。主語が小さい例文を出しましょう。『福島県富岡町のJR富岡駅前で中華料理店を営んできたAさんは、東日本大震災から10年近く経った今も、元の生活は取り戻せずにいます』。ここまで小さい主語にすると真実が伝わり、みなさんにも正しい情報が伝わるんです。悪意や意図があるわけではありませんが、大きな主語は分断を生むこともある一例です」
──主語が大きいと自分事ではなく、他人事になる気がします。
「そのとおりです。おそらく人間は、主語が大きいと出来事から一歩引いた感じで見てしまうものなんです。世の中には、あえて仕掛けて使う人もいますが。トランプ大統領が典型例です。彼は頻繁に、『外国人が』『イスラム教徒は』などと大きな主語を用いますが、日々、生活に不満を抱えている国民は大きな主語を聞くと賛同してしまう。状況判断に長けているからこそ使いこなしていると思いますが、分断はいくらでも仕掛けられるものだと言えます」
──なるほど。映画の分断取材では日本とは国交がない朝鮮半島の平壌やパレスチナのガザ地区など、観ているとハラハラする地域にも積極的に出向いていましたが。
「平壌やガザ地区などは基本的に日本政府が行ってくれるなという場所で、ガザ地区では気づいたら私服警官に囲まれていました。なぜ何事もなく帰国できたかというと、僕は海外の恵まれない子どもたちの支援をするNPO法人『国境なき子どもたち』などの、日本のチームの一員として現場に入っているからです。ある意味、丸腰ではないということです」
──ですが、100%安全というわけでもないと思います。それでも危険な地域に行ってまで取材をする、堀さんの仕事への原動力は。
「理由は2つあります。1つ目は、僕はテレビマンなので、視聴者の方が見たことがない現場を見てもらうことが、唯一の価値だと思っているからです。昔から今も、みなさんが見たことがある現場を焼き直して流すのは、誰にでもできると考えて仕事をしています。2つ目の理由は、事実か否かを確かめに行きたいから。漁師と名乗っているのに海に出ないと説得力がないことと一緒で、テレビマンであれば現場に行くことが使命だと思っています。この方針は、NHKに入社した当初から今でも変わっていません」
発見や「なぜ知らなかった」かと思って頂けたら作り手として満足
──堀さんがNHKの長寿番組『きょうの料理』の出演を辞退して、13年4月1日に退社したというのは事実でしょうか。「僕からお断りしたわけではありません。報道畑で育ってきたので、アメリカのUCLAから留学して帰国したら司会が決まっていると聞いた時は嫌がらせかと思いましたが(笑)チーフプロデューサーが報道出身者で、『料理番組から狼煙(のろし)を上げましょう』とおっしゃってくださった言葉に共感して、企画も共有していたんです。でも、僕が留学時代に作った『変身』という映画が上層部で問題になり、出演がストップしたんです。あの番組から革命を起こしたかったんですけど…」
──(笑)その後ジャーナリストとして独立しましたが、苦労は。
「NHKを退社した時は、借金まみれでした。取材をすると自腹の経費が発生しますし、社へ留学費用も返還しなければいけなかったんです。先輩に大まかな退職金額を聞いたら800万円ぐらいと言われたので、留学費用の260万円を引いても儲かる! 残りで車のローンも返済できると期待していたら、退職金額が何と230万円(笑)そこで30万円の借金を背負いました。その上、NHKの職員は、60万円を限度にお金を貸してくれる窓口があるのですが、僕は借りて返して…という自転車操業だったので、そのお金も返さなければいけなくなったんです」
──いきなり借金とは…!
「しかも、肩書きがないから家も借りられません。退職当初は父がローンを組んで購入した、鎌倉の実家から都内に通っていました。でも、片道の電車賃が1000円近くかかるから金銭的につらいと思っていた時に、NHKの同僚が声をかけてくれたんです。『世田谷区の駒沢公園近くにある自分の実家が最近、3階の屋根裏部屋を改装してユニットバスを設置したから格安で貸せる。敷金礼金はいらない。月7万円でいい』と」
──7万円は割高です!(笑)
「それなりに高いですよね(笑)引っ越した時はベッドがなかったので、床で寝ていました。洗濯機もないのでユニットバスで足踏み洗濯をして、コインランドリーへ行ってラーメンを食べながら『お金ないなぁ』と思いながら生活していました。ネタにもなるから、キャバクラの送迎でもしようかな、なんて考えながら」
──金銭的苦労をしても取材の現場からは離れたくなかった?
「幸いなことにジャーナリストは、撮って伝えて書いてという発信さえやめなければ続けられる仕事です。僕は常に、最前線で何か新しいことはないのかとギラギラできるような感じを持っていたいので、NHKを辞めてよかったとも思いました。退職したのは初任地(岡山放送局)にいた頃の、上司の背中を見ていたからかもしれません。その上司はお昼ご飯が人生のピークらしく、食べ終えると『ああ…1日の楽しみが終わっちゃった』とため息をつくんです。当時の上司は、今の僕と同年齢ぐらいの42~43歳で管理職。以前は華々しく報道の現場で活躍されていた伝説のリポーターだった方がそういうことになっている例をたくさん見てきたので、会社を飛び出たほうが自由に取材できると思いましたし」
──冒険の仕事人生を歩んでいますが、堀さんの座右の銘は。
「僕が大切にしているのは『誇りを持って生きて下さい』という言葉です。映画にもご出演頂きましたが101歳で亡くなった、むのたけじさんというジャーナリストから頂いた言葉です。『誇りとは何ですか?』と聞いたら『そんなの簡単じゃない。あなたがあなたらしくいられることだよ。自分を大切にすること、それが誇りだよ』とおっしゃっていました。僕は会社員時代に経験しましたが、自分が発信したいことを発信できずに自分らしくいられないのは、すごくつらいこと。求職中の読者のみなさんにも、むのさんの言葉を信じて突き進んでほしいです」
──有難うございます。最後に今一度、映画のPRを。
「シリア、パレスチナ、朝鮮半島、香港、福島、沖縄…映画という限られた時間内で、一般的なメディアでは立ち入らないような現場ばかりを取材しています。きっと意外な発見も見つかると思いますし、『なぜ今までこの真実を知らなかったんだろう』と感じて頂けたら、作り手としては大満足です。写真展でも全国各地を回っているので、足を運んで下さい」
映画『わたしは分断を許さない』
【INFO&STORY】
「真実を見極めるためには、主語を小さくする必要がある」という堀潤。香港で「人権・自由・民主」を守るべく立ち上がった若者と出会い、ヨルダンの難民キャンプではシリアで生き別れた父との再会を願う少女と出会う。美容師の深谷さんは福島の原発事故により未だに自宅へ戻ることができず、震災以来ハサミを握っていない。震災後に水戸から沖縄へ移住した久保田さんは、辺野古への新基地移設の反対運動を行う人々と知り合い、「声をあげること」を通して、未来のために自分ができることを見いだしていく。『変身 – Metamorphosis』で日米の原発メルトダウン事故の実態に迫ったジャーナリストの堀潤が、国内外の様々な社会課題の現場で深まる〝分断〟を題材に撮り上げたドキュメンタリー。
【CAST&STAFF】
監督・撮影・編集・ナレーション/堀潤 プロデューサー/馬奈木厳太郎 脚本/きたむらけんじ 配給/太秦
東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場、京都・京都シネマほか全国順次公開中
公式HP
【INFO&STORY】
「真実を見極めるためには、主語を小さくする必要がある」という堀潤。香港で「人権・自由・民主」を守るべく立ち上がった若者と出会い、ヨルダンの難民キャンプではシリアで生き別れた父との再会を願う少女と出会う。美容師の深谷さんは福島の原発事故により未だに自宅へ戻ることができず、震災以来ハサミを握っていない。震災後に水戸から沖縄へ移住した久保田さんは、辺野古への新基地移設の反対運動を行う人々と知り合い、「声をあげること」を通して、未来のために自分ができることを見いだしていく。『変身 – Metamorphosis』で日米の原発メルトダウン事故の実態に迫ったジャーナリストの堀潤が、国内外の様々な社会課題の現場で深まる〝分断〟を題材に撮り上げたドキュメンタリー。
【CAST&STAFF】
監督・撮影・編集・ナレーション/堀潤 プロデューサー/馬奈木厳太郎 脚本/きたむらけんじ 配給/太秦
東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場、京都・京都シネマほか全国順次公開中
公式HP
PROFILE
堀潤(ほり・じゅん)
1977年7月9日生まれ 兵庫県出身 アナウンサーとして日本放送協会(NHK)入局。岡山放送局での勤務を経て、「ニュースウォッチ9」リポーターや「Bizスポ」キャスターなど報道番組を担当。12年、市民ニュースサイト「8bitNews」を自ら立ち上げる。同年6月に米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に客員研究員として派遣され、SNSの活用などを研究。留学中に日米の原発事故報道を追った『変身 - Metamorphosis』を制作(14年公開)。13年4月1日付でNHKを退局した。フリー転身後は、ジャーナリスト・キャスターとして数多くのテレビ・ラジオ番組などに出演する一方、インターネットテレビ、SNS、執筆活動などを通じて、精力的に発信を続けている。TOKYO MX「モーニングCROSS」メインキャスター、J-WAVE「JAM THE WORLD」ニューススーパーバイザーを務める。
公式Twitter
堀潤(ほり・じゅん)
1977年7月9日生まれ 兵庫県出身 アナウンサーとして日本放送協会(NHK)入局。岡山放送局での勤務を経て、「ニュースウォッチ9」リポーターや「Bizスポ」キャスターなど報道番組を担当。12年、市民ニュースサイト「8bitNews」を自ら立ち上げる。同年6月に米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に客員研究員として派遣され、SNSの活用などを研究。留学中に日米の原発事故報道を追った『変身 - Metamorphosis』を制作(14年公開)。13年4月1日付でNHKを退局した。フリー転身後は、ジャーナリスト・キャスターとして数多くのテレビ・ラジオ番組などに出演する一方、インターネットテレビ、SNS、執筆活動などを通じて、精力的に発信を続けている。TOKYO MX「モーニングCROSS」メインキャスター、J-WAVE「JAM THE WORLD」ニューススーパーバイザーを務める。
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Interview&Text/内埜さくら Photo/大駅寿一