「僕だって一歩間違えば、監督になれてたかどうか分からない。劇中の主人公はかつて何者でもなかった僕自身でもあるんです」
かつて〝ピンク映画界のクロサワ〟とも称され、八面六臂の活躍をみせた映画監督・若松孝二と、そんな彼が率いた若松プロを〝原点〟にもつ当代きっての売れっ子監督・白石和彌。数多の映画賞を受賞した13年の『凶悪』以降、立て続けにヒット作を連発してきた若き鬼才が、平成最後の年に〝あの頃〟を題材にとったその想いとは!?
自由と情熱に満ちた若松孝二とその時代…
──かつて師事した故・若松孝二監督を題材に映画を撮る。やはりそこにはある種の使命感もありました?「いや、あんまり思ったことはなかったですよ(笑)ただ、足立(正生)さんをはじめとした当時を知る〝レジェンドたち〟とお話させてもらったときに、70歳もとっくに過ぎたおっさんたちが目をキラキラさせて昔の話をしていたのがすごく印象的でね。で、そこでちょうど、あの頃に助監督をしていた(吉積)めぐみさんの存在にも改めて気づいて、彼女を主人公にすれば、これは映画になるかもなと思ったわけです。若松孝二という人を直接的に描くんじゃなく、彼と若松プロを背景にしちゃえば、青春群像劇としても成立するんじゃないかなって」
──最初にこのお話を聞いたときは、失礼ながら、「このご時世に若松孝二で!?」と思った部分もありました。
「もともと存在自体がタブーな人だし、ギャグみたいなところもありますからね(笑)とはいえ、若松さんが持っていた自由さやパッションは、僕らが作り手として大事にしていかなきゃいけないものだし、衝動で映画が作れるような時代じゃなくなった今だからこそ描く価値もある。そもそも僕だって一歩間違えば、監督になれてたかどうかさえ分からない何者でもなかった人間。劇中のめぐみさんは、言ってみれば、僕自身の姿でもあるんでね」
──白石監督が若松プロに在籍した90年代半ばといえば、若松監督にとっても〝冬の時代〟。場数を踏めないジレンマみたいなものもありました?
「うーん。1年半に1本ぐらいのペースで何かしらを撮るぐらいで、企画もほぼないし、『電話番しとけ』って言われても、ほとんどかかってこない。そういう意味では、不遇だったのかもしれません。でも、あの頃を振りかえっても、僕のなかでは『楽しかった』って気持ちのほうが大きくて。劇中でも口癖のように言ってた『俺の視界から消えろ!』的なことは、現場でもみんなしょっちゅう言われてましたけど、基本的に一生懸命なヤツにはすごく優しい人でもあったんでね」
──理不尽のなかにも優しさが?
「まったく根に持たないから、現場でメッタクソ言った次の日に、カラッとして『メシ食いに行くか』とか言ってきたりするわけです。で、こっちが引きずって萎縮してると、『顔色悪いけどなんかあったか?』って(笑)そういう当時の空気感は、今回の映画でもすごく出せたんじゃないかと思います。『寝盗られ宗介』(92年)で一度だけ若松組の助監督についたことがある行定(勲)監督なんかも、『俺もカチンコ取り上げられた』って懐かしがってくれましたし、あぁ、そこはみんな平等だったんだなぁって(笑)」
──井浦新さん演じる若松監督がこれまた絶妙でしたよね。裏返り気味の声で「パレスチナ」を「パレッチナ」って発音しちゃう感じなんかも含めて。
「いやもう、最高でしたよね。若松孝二=新さんっていうのは、ここが決まらないならやんないほうがいいって思ってたぐらい、僕のなかでもキーポイントではあったんで、彼と門脇さんが決まった時点で〝見えた〟感じはありました。『似てない、似てない』『カ ッコよすぎる』ってみんな言うけど、若いときの若松さんって実はけっこうカッコいいですからね?足の長さだけは全然違いましたけど」
世知辛い現代にこそ「若松イズム」の継承を
──ところで、誰もが共感できる普遍的な青春映画でありつつも、自由でムチャクチャな若松プロの面々の生きざまは、なにかと制約の多い現代社会に対するアンチテーゼにもなっている。そこには監督としてどんな想いが?「これは映画界だけじゃなく、世のなか全体がどこか健全になりすぎちゃったせいでもあると思うんですけど、今って物事に対してちゃんと批判、批評しあったりしないで、当たり障りのない話だけして終わっちゃう傾向が強いじゃないですか。そのくせSNSの書きこみのような本来気にしなくていいもんのことはすごく気にして、すぐ『あれはできません』『これはちょっと…』と選択肢を狭めてしまう。なので今回の映画を作ったのは、そういう風潮に抵抗を感じながらも、つい気にしちゃってる僕自身の弱さを再確認するためでもあったのかなと。『タブーを描いてこその表現』ってところに果敢に挑んでいたのが、あの頃の若松プロでもありますしね」
──そもそも「フィクションのなかでお巡りを殺したい」と言って、映画を撮りはじめた人ですもんね(笑)
「そうそう。だから、是枝(裕和)さんの『万引き家族』に対して、『万引きされる側の気持ちを考えたことがあるのか!』みたいなトンチンカンな批判をしちゃうような人にこそ、若松映画は観てほしいですよね。作品のなかで爆弾で交番を爆破してたりすることに『爆破されるお巡りさんの気持ちを考えたことがあるのか!』と問うことが、いかにナンセンスかが分かってもらえると思うんで」
──確かに(笑)では最後にこれを読むであろう「まだ何者でもない」若者たちに向けてメッセージがあれば。
「どんなことでも一生懸命やってる瞬間って、誰しもが絶対輝いてるはずだし、その姿は美しいと思うんです。だから、若い人にはとにかくやりたいと思ったことに愚直にぶつかっていってほしい。倒れたら倒れたでまた違うことをやればいいだけだし、ぶつかるって行為自体が崇高なんであって、そこに勝った・負けた、成功・失敗なんてものは本来ないと思うんで。まぁ、そういう若者たちの〝若気の至り〟に対して世の中も、もうちょっと寛容であっていいとは思いますけどね」
INFORMATION
■映画『止められるか、俺たちを』
【INFO&STORY】
12年に逝去した若松孝二監督が代表を務めていた若松プロダクションが、若松監督の死から6年ぶりに再始動して製作した一作。1969年を時代背景に、何者かになることを夢みて若松プロダクションの門を叩いた少女・吉積めぐみの目を通し、若松孝二ら映画人たちが駆け抜けた時代や彼らの生き様を描いた。門脇麦が主人公となる助監督の吉積めぐみを演じ、井浦新が若き日の若松孝二役を務めた。若松プロ出身の白石和彌監督がメガホンを執った。
【CAST&STAFF】 出演/門脇麦・井浦新・山本浩司・岡部尚・大西信満・タモト清嵐・毎熊克哉・伊島空・外山将平・藤原季節・上川周作・中澤梓佐・満島真之介・渋川清彦・音尾琢真・高岡蒼佑・高良健吾・寺島しのぶ・奥田瑛二
監督/白石和彌
脚本/井上淳一
音楽/曽我部恵一
配給/スコーレ
公式HP
10月13日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次公開
(C)2018 若松プロダクション
PROFILE
白石和彌(しらいし・かずや)
1974年生まれ 北海道出身
95年、中村幻児監督主催の映像塾に参加。 以後、若松孝二監督に師事し、フリーの演出部として行定勲、犬童一心監督などの様々な作品に参加。10年公開の映画『ロストパラダイス・イン・トーキョー』が長編デビュー作。主な作品に映画『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』『牝猫たち』『彼女がその名を知らない鳥たち』『サニー/32』『孤狼の血』、ドラマ「怪奇恋愛作戦」「火花」などがある。『凪待ち』は19年公開予定。
公式Twitter
■映画『止められるか、俺たちを』
【INFO&STORY】
12年に逝去した若松孝二監督が代表を務めていた若松プロダクションが、若松監督の死から6年ぶりに再始動して製作した一作。1969年を時代背景に、何者かになることを夢みて若松プロダクションの門を叩いた少女・吉積めぐみの目を通し、若松孝二ら映画人たちが駆け抜けた時代や彼らの生き様を描いた。門脇麦が主人公となる助監督の吉積めぐみを演じ、井浦新が若き日の若松孝二役を務めた。若松プロ出身の白石和彌監督がメガホンを執った。
【CAST&STAFF】 出演/門脇麦・井浦新・山本浩司・岡部尚・大西信満・タモト清嵐・毎熊克哉・伊島空・外山将平・藤原季節・上川周作・中澤梓佐・満島真之介・渋川清彦・音尾琢真・高岡蒼佑・高良健吾・寺島しのぶ・奥田瑛二
監督/白石和彌
脚本/井上淳一
音楽/曽我部恵一
配給/スコーレ
公式HP
10月13日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次公開
(C)2018 若松プロダクション
PROFILE
白石和彌(しらいし・かずや)
1974年生まれ 北海道出身
95年、中村幻児監督主催の映像塾に参加。 以後、若松孝二監督に師事し、フリーの演出部として行定勲、犬童一心監督などの様々な作品に参加。10年公開の映画『ロストパラダイス・イン・トーキョー』が長編デビュー作。主な作品に映画『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』『牝猫たち』『彼女がその名を知らない鳥たち』『サニー/32』『孤狼の血』、ドラマ「怪奇恋愛作戦」「火花」などがある。『凪待ち』は19年公開予定。
公式Twitter
取材・文/鈴木長月 撮影/おおえき寿一