高橋克典さんの主演映画『誘拐ラプソディー』やドラマ『侠飯〜おとこめし〜』をヒットに導いた、俳優としても活動する榊英雄監督。ややダークな作風を手掛けることで有名だが、1月14日公開の映画『トマトのしずく』では、鑑賞後に家族へ思いを馳せたくなるような、心温まる作品でメガホンを執った。実はこのテイストがご自身の原点だと語る、作品へ込めた思いとは。さらに、今年もヒット作を連発しそうな勢いに乗る榊さんが苦悩した時期をヒントに、夢をつかみ取る方法と人間関係の構築方法も聞いてみると――。
「誰にだって苦闘する修行時代はある。それでも、何があってもしがみついて続けるタフさを忘れないでほしいですね」
──榊監督の作品は男性が主人公というイメージがありますが、映画『トマトのしずく』で女性を主人公にした理由は。「『監督たるもの、女性を描けて一人前』という、諸先輩方のどなたかの言葉を覚えていて、そろそろ時期かな、というのはありました。小津安二郎監督が大好きなことも理由です。『晩春』『東京物語』『秋刀魚の味』…同じようなストーリーでも微妙に違うんです。でも、大枠は〝家族〟という点に、多大な影響を受けてもいたので」
──その主人公さくらを演じた小西真奈美さんとは初タッグですね。
「女優と女性は違いますから、対女優となると、意識していなかったつもりでも意識してしまいましたね。どういう話をして、どういう演出をすればいいのか、という部分は特に。だから先に僕のバックグランドを話して、作品ができた経緯を説明しました。そして、『あとは全面的にお任せします』と委ねたんです。これは小西さんに限らず、誰しも父親と母親から生まれてきて家族となり、そこで何かしらの問題が発生したら解決に向けて動いている。だからきっと小西さん、吉沢(悠)くん、原日出子さん、(石橋)蓮司さんと僕それぞれが、自分の家族像を持ち寄って完成した作品なんです」
──父親役の石橋蓮司さんは、直接オファーしたんですよね。
「『北の零年』という映画で俳優部としてご一緒して、夜な夜な役者同士が酒を酌み交わしている時に、『いつかこういう作品を撮るので出て下さい』という僕の言葉を、蓮司さんがきちんと覚えていてくれたんです。緊張しましたけどね、現場で演出するのは」
──大先輩ですからね。
「だから演出とは呼べないかもしれませんね。僕が『こうしたいんですけど』と言うと、『その狙いは何だ?』と聞かれて答えられない、という場面が多々ありましたし(笑)『それじゃあ浅いだろ、お前』という叱咤激励も、何度となく頂きました。ご自身にキャラクターを乗せていく中で『こういうのはどうだ?』と案を出して頂くこともあったので、偉大な大先輩だと改めて実感しました」
──その石橋さんが演じた父親は、ご自身の父親像を重ねたとか。
「僕の場合は父親にとって初孫を抱っこさせるタイミングで久々に電話したんですけど、まあ素っ気ないわけですよ。もっと喜ぶだろうと思っていたのに、床屋の仕事は休めないと。そこで口喧嘩になり、『今年のお盆は帰らないから、次は来年の夏だね』と電話を切ったのが、最期の会話だったんです。この作品の撮影の前年でした。以降、小さな感情のもつれが最期になったことを、ずっと引きずっていたんでしょうね。だから今回、関係性を入れ込んだんです」
──劇中の父娘の関係、切なさが滲み出ていました。榊監督が本作に込めた思いを教えて下さい。
「いつか叶えたい、遠くにある夢も大事ですけど、身近にいる家族にしっかりと意識と愛情を向けることも大切だと、この映画を観て感じてほしかったんです。映画を観た後に『おふくろ元気かな』と電話をしてみようと思ったり、もう別れを経験しているなら、『たまには墓参りしようか』とか。自分へ愛情を注いでくれた家族を少しでも慮ってくれて、少しでも前進してくれたらうれしいですね。時間は有限ではないので、家族との関係で僕のように後悔してほしくない気持ちも込めています」
出会いをその場限りで終わらせず繭の繊維を糸にするよう縁を紡ぐ
──榊さんが監督業を始めたのは、俳優として売れない時期がきっかけだとか。「そう。売れないと腐る上に暇なんですよ。暇な俳優ほどロクなもんはいません(笑)酒場で映画やドラマに対して『なぜ俺じゃなくてアイツなのか』と愚痴り、2〜3時間のつもりが朝まで飲む。そうやって、ただベロ酔いしてだらしない生活を続けている時期に、大好きな片岡礼子さんという女優にガツンと言われたんです。『男のくせに女々しい。カッコ悪いね、榊くんは。自分で脚本を書いて監督をすれば、自分が主役をできるじゃない』と。僕は、九州男児なんでその言葉にカチンときたんですよね(笑)『じゃあ絶対1ヶ月後に撮るけん、出て下さいよ!』と宣言して撮ったのが自主映画だったんです」
──その『〝R〟unch TIME』が第一回インディーズムービー・フェスティバルで入選。
「20作品ぐらいが入選した中でグランプリを獲得したのが、北村龍平監督でした。僕は全力を尽くしたからもう田舎に帰ろうと思っていたんですけど、北村さんから、『よかったら出てくれない?』と。『もういいですわ。五島に帰ります』とお断りしたんですけど『俺だったら榊くんを撮れる』って言うんですよね。『一度、僕に身を預けてダメだったら帰ればいいじゃない』と。そんな有り難い言葉をかけてくれたのは事実上、あの時期は皆無でした。それが『VERSUS』だったんです。あの作品は津田寛治さんが観てくださったご縁で、同じ事務所に所属してから、俳優業が動き出しました。俳優としてスタンドアップするために自主映画を撮っていたんですけど、あの時に経済的にも安定し出して一人暮らしも始めました。同時に煩悶しましたけどね。『自分は本当に俳優で食えるためだけに自主映画を撮っていたのか』と」
──その答えは?
「当時は毎日、下北沢で撮影して独学で手法を学んだんです。それこそ数年で数百本は撮影しました。ただ、最初は俳優として暇な時間をつぶすためと愚痴のはけ口として撮り出した映画ではありましたけど、俳優業が動き出したら『映画を撮ることが好きかも』という自分の本音に気づいたんです。そこから監督業と併行するようになり、今に至ります」
──監督になりたい人は星の数ほどいて、ほぼ挫折するのが現実です。
「僕の場合は、〝Keep on going〟というか、ただしがみついてきた結果なんです。よく『どうして監督になれたんですか』と聞かれるんですけど、僕は人との出会いに救われて、恵まれて、人生のポイントごとに自分で決めて動くことができた、という自負はあります。この原作で撮りたい、じゃあ版元から許諾をもらわないと、と全部自分の責任で動いてきたんです」
──確かに、片岡さんにガツンと言われてちゃんと初監督映画を撮影していますし。
「そう。だからあの時『まだまだ本、書けんちゃんね〜』と言い訳をしていたら今はない。そして1本目の自主映画を撮っていなかったら、北村さんとの出会いもなかった。これって僕だけじゃなくて、誰しもが人との出会いで生かされていると思うんですよね」
──そして現在、順風満帆ですよね。
「監督業が8割、俳優業が2割ですけど、僕はこれでいいと思っているし、自然な流れだと捉えています。監督をやれば俳優をやるスケジュールがなくなることも承知の上なのでこれが今、自分に吹いている風なんだと思うんですよ」
──その現状は人との縁を大切にしたからこそ、ですよね。
「僕が勝手に『これは縁だ』と受け取り、大切にしているだけなんですよ。例えば『何か企画ないですか?』と聞かれたら必ず『言いましたね?ありますよ!』と答えて、その場限りでは終わらせません。実際に企画を持ち込むんです。そうすれば、もう二度と会わなかったかもしれない人との出会いが縁となり膨らんでいく。繭の繊維を引き出して糸にするように、僕は縁を紡いでいるだけなんです」
──なるほど。では小誌読者の20代男性にメッセージを送るなら。
「あと10年ぐらいは、死ぬほど苦しい思いをして下さい(笑)僕も、浜田省吾さんの『MONEY』じゃないですけど、プール付きのマンションに住んでドンペリを飲むという生活を、20代で手に入れようと夢見ました。ところが『東京でスターになるったい!』と長崎から上京したものの、夢がまったく叶わない。そんな状況が23歳から30歳ぐらいまでの7年間、続いたんです」
──当時、先輩からアドバイスは。
「若造の頃、蓮司さんが僕らの飲み会に来てこう言ってくれたんです。『誰にだって10〜20年の苦闘はあるわけで、2〜3年で結果を出そうなんておこがましい。そんな考え方は捨てた方がいい』と。きっと蓮司さんご自身も経験したからこその言葉だと思います。叶えたい夢の原点が『大金を稼ぎたい』でもいいんですけど、いつかその思いだけでは通用しない現実を突きつけられます。そこでビジョンを立て直すことが大切なんです。〝隣の芝生は青い〟じゃないですけど、誰にだって修行時代はあるわけですから、何があってもしがみついて続けるタフさを忘れないでほしいですね」
INFORMATION
映画『トマトのしずく』
INFO&STORY
5年の交際を経て入籍したさくら(小西真奈美)と真(吉沢悠)は、2人で美容院を経営しながら、幸せな新婚生活を送っていた。しかし、さくらは中学生のときに母親を亡くして以来、父親の辰夫(石橋蓮司)と疎遠な関係が続き、真は義父に一度も会ったことがなかった。ある日、辰夫が美容院を訪ねてくるが、さくらと気まずい雰囲気になってしまい、トマトのぎっしり詰まった紙袋を真に託しその場を去っていく…。お蔵入りになっていた映画にスポットを当てる「お蔵出し映画祭2015」でのグランプリと観客賞のW受賞を受け、1月に劇場公開。
CAST&STAFF
出演/小西真奈美・吉沢悠・柄本時生・山口祥行・ベンガル・角替和枝・原日出子・石橋蓮司ら
監督・脚本・製作・企画/榊英雄
脚本/山口晃二・渡来敏之
音楽・主題歌/榊いずみ「Maria」(Family Tree Records)
配給/アークエンタテインメント
公式HP 1月14日(土)より渋谷シネパレスほか全国順次ロードショー
(C)2012 ファミリーツリー
PROFILE
榊英雄(さかき・ひでお)
1970年6月4日生まれ 長崎県出身
95年、映画「この窓は君のもの」主演で俳優デビュー。00年に北村龍平監督との出会いにより「VERSUS -ヴァーサス-」に出演し、多くの海外映画祭にて支持を得る。また、黒木タケシ役で出演したテレビ朝日「特命戦隊ゴーバスターズ」でも人気に。近年の出演作は映画「赤×ピンク」「2つ目の窓」「くちびるに歌を」「Zアイランド」など。07年、映画「GROW -愚郎-」で商業監督デビュー。「ぼくのおばあちゃん」「誘拐ラプソディー」「木屋町DARUMA」などを手掛け、14年公開の「捨てがたき人々」は第26回東京国際映画祭コンペティション部門正式出品。第9回KINOTAYO映画祭批評家賞を受賞。最近ではドラマ「まかない荘」(メ〜テレ)「侠飯〜おとこめし〜」(テレビ東京)、またOP PICTURES+のピンク映画などにも挑戦するなど幅広い作品を担当。新作映画「アリーキャット」は17年7月公開予定。
公式ブログ
公式Twitter
映画『トマトのしずく』
INFO&STORY
5年の交際を経て入籍したさくら(小西真奈美)と真(吉沢悠)は、2人で美容院を経営しながら、幸せな新婚生活を送っていた。しかし、さくらは中学生のときに母親を亡くして以来、父親の辰夫(石橋蓮司)と疎遠な関係が続き、真は義父に一度も会ったことがなかった。ある日、辰夫が美容院を訪ねてくるが、さくらと気まずい雰囲気になってしまい、トマトのぎっしり詰まった紙袋を真に託しその場を去っていく…。お蔵入りになっていた映画にスポットを当てる「お蔵出し映画祭2015」でのグランプリと観客賞のW受賞を受け、1月に劇場公開。
CAST&STAFF
出演/小西真奈美・吉沢悠・柄本時生・山口祥行・ベンガル・角替和枝・原日出子・石橋蓮司ら
監督・脚本・製作・企画/榊英雄
脚本/山口晃二・渡来敏之
音楽・主題歌/榊いずみ「Maria」(Family Tree Records)
配給/アークエンタテインメント
公式HP 1月14日(土)より渋谷シネパレスほか全国順次ロードショー
(C)2012 ファミリーツリー
PROFILE
榊英雄(さかき・ひでお)
1970年6月4日生まれ 長崎県出身
95年、映画「この窓は君のもの」主演で俳優デビュー。00年に北村龍平監督との出会いにより「VERSUS -ヴァーサス-」に出演し、多くの海外映画祭にて支持を得る。また、黒木タケシ役で出演したテレビ朝日「特命戦隊ゴーバスターズ」でも人気に。近年の出演作は映画「赤×ピンク」「2つ目の窓」「くちびるに歌を」「Zアイランド」など。07年、映画「GROW -愚郎-」で商業監督デビュー。「ぼくのおばあちゃん」「誘拐ラプソディー」「木屋町DARUMA」などを手掛け、14年公開の「捨てがたき人々」は第26回東京国際映画祭コンペティション部門正式出品。第9回KINOTAYO映画祭批評家賞を受賞。最近ではドラマ「まかない荘」(メ〜テレ)「侠飯〜おとこめし〜」(テレビ東京)、またOP PICTURES+のピンク映画などにも挑戦するなど幅広い作品を担当。新作映画「アリーキャット」は17年7月公開予定。
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取材・文/内埜さくら 撮影/おおえき寿一