『岸和田少年愚連隊』(96年)や『パッチギ!』(05年)、『黄金を抱いて翔べ』(12年)など、数々の名作映画を世に送り出してきた井筒和幸監督の8年ぶりとなる新作映画『無頼』が20年12月公開。『ヒーローショー』以来、10年ぶりに井筒組に参加した俳優の木下ほうかさんは、難役すぎて本作への出演を躊躇した時期もあったと語る。それでも井筒組へ参加した強い思いとは。デビュー作で縁をつなぎ、本作でも忘れず意識している恩師・井筒監督の言葉とは。「俳優になる!」という強い決意のもとに夢を叶えた人だからこそ説得力のある格言とともにお送りする。
夢は叶わないから諦めたほうがいい──。こう言われて諦められるぐらいなら、その程度の熱量だということ。僕は誰に何を言われようと続けると決めてきたからこそ今があるので、こういう言い方しかできません。
今までで3本の指に入るほど難役お断りしようと尻込みしました…
──木下さんは小誌を以前からご存知だったとお伺いしました。「自宅から最寄り駅までのルートにラックが置いてあって、ほぼ、毎号読んでいるんです。だからね、イジケていたんですよ。何で僕に(依頼が)来ないのかなと」
──それは失礼しました(笑)早速、映画のお話を。本作は井筒和幸監督が8年ぶりにメガホンを執りました。木下さんはデビュー作『ガキ帝国』でもお世話になっていますが、オファーは直接ですか?
「もちろんです。いつも配役が決まる前に『お前も何かの役で出ろよ』とお声掛けして頂いています。でも、台本を読んだ上でこの役を演じたいというこちら側の希望は、ほぼ通りません」
──(笑)では、本作でも演じてみたい役はあったのでしょうか。
「俳優ですから、なるべく多く出演したいので、目立つ子分役とかでしょうか。だけど今回の中野俊秋役なんて『本当に出ている!?』と思われかねないぐらい、当分出て来ないですよ。しかも、今まで演じてきたすべての役の中で3本の指に入るぐらい難しい役だったので、一度はお断りしようと思うほど尻込みしました。中野は、松本(利夫)くんが演じるヤクザの井藤正治とつながりながらも正義を追求しようとしているけれど、拳銃を所持しているので明らかに犯罪者で、政治犯。ただ、台本を追っていくと筋が通っている部分が見えて少しは楽になりましたが、撮影当日まで不確かでした。監督は絶対、リハーサルにはいらっしゃらないですし、監督がいないと作品は完成しませんから」
──監督は本番ではどんな演出を。
「実はさほどなかったのですが、中野が記者に質問攻めにされながら自宅に戻るシーンは、数十回テイクを重ねました。カメラを移動車に乗せて撮影したのですが、移動車が通りすぎる範囲内でキレイに収めなければいけない。監督は僕らの芝居を見てもいますが、耳で聴いている人でもあり、セリフの聞こえ方を繊細にチェックしているので、多少でもズレるとNGが出るんです。結構な雨が降っている中での撮影だったので全員、キツかったと思います」
──では、完成作品を観た感想は。
「出演作を観るとそこに必ず反省点があると思っているので必ず観るようにしていますが、台本という活字の段階で面白さを理解できなかったので、観る前は珍しく不安しかありませんでした。出演する俳優も失礼ながら知らない方が多かったので、『マズイことになるのではないか』と危惧して、実はしばらく観ていなかったんです。ですが公開が迫り、観るしかない段階になって鑑賞したら、『井筒和幸の才能を誤解して申し訳なかった』と感動するほど素晴らしい出来栄えで。僕自身が大々的に宣伝したいと思える作品でした」
──骨太な昭和時代が舞台ですから頷けます。改めて、木下さんは昭和時代をどう捉えましたか。
「勢いがあって若者が自分の可能性に賭けられる一方で大きな事件もありましたが、豊かで自由だったと思います。今では許されないようなことがまかり通っていてある意味、ひどい時代とも言えますが、バランスは取れていたのではないかと。僕自身が1964(昭和39)年生まれで、70~90年代のファッションや政治、産業、バブル期とすべてが一番いい時代に青春時代をすごしたので、作品を観ると思い当たる事柄ばかりなんです。完成作を観たら面白い時代を生きて来たと思えたので、得した気分になりました」
──ヤクザの井藤正治の妻・佳奈役を演じた、柳ゆり菜さんの芝居に好印象を持つ人も多いかと。
「出演者に女優さんが少ないから新鮮ですよね。劇中で井藤が初めて車内から佳奈を見た時に『お尻が大きい』と評しますが、監督は彼女みたいな体型が好きなんですよ。しかも佳奈役は重要な役割を担うので、ガリガリに痩せすぎていてもイメージとちょっと違うし、美人すぎてもあの役は演じられない。彼女の体型は癒やし系なので『監督が好きな感じだな。ちょうどいい感じの女優さんをキャスティングしたな』と思いましたね。僕もタイプですし」
昭和を知らない世代向け娯楽作品関係者やマニアにもオススメです
──他の俳優さんたちもみなさん、いい味を出していました。「僕も含めこの作品の俳優全員、井筒監督がいないとこで芝居はできないですよ。井筒作品で注目されてブレイクした俳優は、別作品では少し芝居の質が下がると、僕自身も実感していますし。大阪から上京して30年強、映像業で数多くの演出家と仕事をしてきた僕の主観ですが、トータルして井筒監督を超える演出家に出会ったことがありません。いろんな意味で」
──では、別作品でクオリティを下げないためにしていることは?
「芝居を始めた当初から監督に言われ続けていた『リアリズム』を肝に銘じています。いかに現実的でナチュラルな芝居をするか。かつ今までに見たことがない〝間〟を作ることができるか。現実にいそうな人間だけれど、いい意味で違和感を持たせる芝居ができないものかと、監督と仕事をしていない間も常に意識しています。そういった芝居ができないと、僕ではなくてもいいと受け止められてしまいますから。俳優として自分が(現場に)呼ばれるためには、独自性が必要なんです。芸能界には僕の代わりがいくらでもいますし、何かトラブルが起きたら即、取って代わられる。やりがいもあるけれど、同じ分量だけ不安もある職業だと思っているので」
──井筒監督には、25歳で大阪から上京する時も頼ったとか。
「半ば脅迫めいた手紙を送りましたね(笑)『僕が俳優を目指そうと思ってしまったきっかけは、井筒監督にも少なからずあります。上京し本気で俳優を目指すので、どうか何卒よろしくお願い申し上げます』と。こじつけではありましたが、『君は筋がいい』的な内容の、好意的な返事を頂きました。後に聞いたら『覚えていない』と言っていましたけど」
──上京してからはどんな生活を。
「25~34歳ぐらいまでは、肉体労働のバイトをしていました。主に働いていたのは水道の配管業で、日給1万5000円の日払い。他にもAVの助監督や清掃業務、ピザ屋でも働きましたね」
──その後、世間では「50歳でブレイク」と言われていますが。
「人はそう言うらしいですが、僕は『岸和田少年愚連隊』(96年)以降、バイトをせずに俳優のギャラだけで生活できるようになっているんです。その後、14年の『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』と、『痛快TV スカッとジャパン』(共にフジテレビ系)への出演で初めて、顔と名前が一致するという目標を達成しました。50~51歳頃だったので、間違いではないかもしれません」
──目標を達成した木下さんが、若い世代に伝えられることは。
「夢は諦められるなら、諦めたほうがいいと思います。声を大にして言いますが、夢はほぼ叶わないですし『夢は絶対に叶う』とは言いたくないので、やめたほうがいいんです。逆説的ですが、僕や周りにこう言われて諦められるぐらいなら、その程度の熱量だということ。周りに何を言われても続ける覚悟があるなら、ぜひ続けて下さい。僕は誰に何を言われようと続けると決めてきたからこそ今があるので、こういう言い方しかできませんが」
──勉強になります。今一度、木下さんが感じる作品の魅力を。
「今の20~30代の方々が知らない、景気がよかった頃の昭和時代が基盤の作品で、教科書的に時代の流れや流行が描かれているんです。すべてが事実ではありませんが、登場するアウトサイダーたちのような人たちも数多くいたので、色々と昭和を調べてみてほしいですね。今の時代につながるシーンで言うと、70年代には二度『オイルショック』と呼ばれるトイレットペーパーの買い占め騒動があったんです。今とは原因が違いますがタイムリーなので、若い世代も共感はできるかな、と。加えて、他の作家であれば着目しないような観点で物語が進行していくので、他の映像作家にも見習ってほしい。味わい深い娯楽作品なので、映画関係者だけではなく、映画マニアの方々にもオススメです」
映画『無頼』
【INFO&STORY】
あぶれ者たちの群像劇を通して逆照射される、もう一つの昭和史──。『パッチギ!』『黄金を抱いて翔べ』など、数々の話題作を世に送り出してきた井筒和幸監督8年ぶりの新作で、ヤクザ者たちの視点から激動の昭和史を描いた群像劇。敗戦後、貧困と無秩序の中から立ち上がった日本人は高度経済成長を経て、バブル崩壊まで欲望のままに生き抜いてきた。昭和という時代とともに、40年以上続いたその勢いは終わりを告げた。そんな時代の片隅で、何者にも頼らず、飢えや汚辱と格闘し、世間に刃向かい続けて生きてきた男がいた。やがて一家を構えた〝無頼の徒〟は、社会からはじき出された者たちを束ねて、命懸けで裏社会を生き抜いていく……。
【CAST&STAFF】
出演/松本利夫・柳ゆり菜・中村達也・ラサール石井・小木茂光・升毅・木下ほうか
監督/井筒和幸
脚本/佐野宜志・都築直飛・井筒和幸
配給/チッチオフィルム
2020年12月より新宿 K’s cinemaほか全国順次公開
公式HP
(c)2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム
【INFO&STORY】
あぶれ者たちの群像劇を通して逆照射される、もう一つの昭和史──。『パッチギ!』『黄金を抱いて翔べ』など、数々の話題作を世に送り出してきた井筒和幸監督8年ぶりの新作で、ヤクザ者たちの視点から激動の昭和史を描いた群像劇。敗戦後、貧困と無秩序の中から立ち上がった日本人は高度経済成長を経て、バブル崩壊まで欲望のままに生き抜いてきた。昭和という時代とともに、40年以上続いたその勢いは終わりを告げた。そんな時代の片隅で、何者にも頼らず、飢えや汚辱と格闘し、世間に刃向かい続けて生きてきた男がいた。やがて一家を構えた〝無頼の徒〟は、社会からはじき出された者たちを束ねて、命懸けで裏社会を生き抜いていく……。
【CAST&STAFF】
出演/松本利夫・柳ゆり菜・中村達也・ラサール石井・小木茂光・升毅・木下ほうか
監督/井筒和幸
脚本/佐野宜志・都築直飛・井筒和幸
配給/チッチオフィルム
2020年12月より新宿 K’s cinemaほか全国順次公開
公式HP
(c)2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム
PROFILE
木下ほうか(きのした・ほうか)
1964年1月24日生まれ 大阪府出身 俳優、映画監督、プロデューサー。高校在学中に『ガキ帝国』(井筒和幸監督)オーディションに合格し、映画に初出演。大阪芸術大学卒業後は、吉本新喜劇に所属するなど異色の経歴を持ちながらも徐々に俳優として映画やテレビドラマに出演。現在は、人気作品には欠かせない、名バイプレーヤーである。主な出演作に映画『岸和田少年愚連隊』『ゲロッパ!』『パッチギ!』『劇場版パタリロ!』『嘘八百 京町ロワイヤル』『ひとくず』『悲しき天使』、テレビはドラマ「下町ロケット」「なつぞら」「アライブ がん専門医のカルテ」「麒麟がくる」、「ぶらり途中下車の旅」など。公開待機作に『レディ・トゥ・レディ』『ファンファーレが鳴り響く』『劇場版 田園ボーイズ』がある。
公式Twitter
木下ほうか(きのした・ほうか)
1964年1月24日生まれ 大阪府出身 俳優、映画監督、プロデューサー。高校在学中に『ガキ帝国』(井筒和幸監督)オーディションに合格し、映画に初出演。大阪芸術大学卒業後は、吉本新喜劇に所属するなど異色の経歴を持ちながらも徐々に俳優として映画やテレビドラマに出演。現在は、人気作品には欠かせない、名バイプレーヤーである。主な出演作に映画『岸和田少年愚連隊』『ゲロッパ!』『パッチギ!』『劇場版パタリロ!』『嘘八百 京町ロワイヤル』『ひとくず』『悲しき天使』、テレビはドラマ「下町ロケット」「なつぞら」「アライブ がん専門医のカルテ」「麒麟がくる」、「ぶらり途中下車の旅」など。公開待機作に『レディ・トゥ・レディ』『ファンファーレが鳴り響く』『劇場版 田園ボーイズ』がある。
公式Twitter
Interview&Text/内埜さくら Photo/大駅寿一 衣装協力/児島ジーンズ