現代日本の大きな闇であり解決すべき問題である幼児虐待。俳優・脚本家・監督であり芸能事務所テンアンツの代表を務める上西雄大さんが、児童相談所で尽力する医師の楠部知子先生から「目を向けてあげて下さい。救われる命があります」との言葉を受けて制作された映画『ひとくず』が3月14日よりロードショー。実態を聞いて怒りと悲しみに浸った上西さんが脚本を執筆した経緯や、作品を通して伝えたかったこと、40歳をすぎてから就いた俳優業について語ります!
「虐待をテーマにはしていますが、この作品に込めたのは人間の心の奥底にある愛と家族愛です。虐待という言葉に偏見を持たずにご覧頂けたらうれしいです」
怒りと情緒不安定の衝撃で1日で脚本を完成しました
──児童精神科医師の楠部知子先生と会った経緯を教えて頂けますか。「この作品の次の作品のテーマにする発達障害の取材をするためにお会いしたんですけど、最後に先生自らが虐待のお話をしてくださったんです。映画でも描いていますが、聞いた話でおぞましく感じたのは、母親の恋人や再婚相手が、限度を超えた暴力を子どもに向けるエピソードでした。作品で北村凛(演/古川藍さん)の娘・鞠(演/小南希良梨さん)が凛の恋人、税所篤彦(演/加藤博さん)からアイロンをカラダに押しつけられてヤケドをする話は実話です。しかも先生は、虐待から救えないケースを散々経験してきていて感情を込められないので、『アイロンを使った虐待は珍しくない』と淡々とお話しするんです。アイロンをかけている最中に虐待をしているケースもあると思いますが、虐待するために電源を入れて、熱くなるまで待つこともあるはずです。その時間を子どもはどんな気持ちで待つのだろう…。ほかにも多くの話を聞いて、自分がもしその人間と直面したら何をするか分からないと思うほどの怒りがわくと同時に、情緒不安定になるほどの衝撃を受けました」
──その日の夜は眠れず本作の脚本を一晩で書き上げたそうですね。
「夜中の2時か3時に書き出して、昼前には初稿を完成させました。児童虐待が脳裏にこびりついて眠ることすらできず、脚本に落として一旦、自分がその難から逃れるような感覚で書いたんです。脚本にすることで、少しだけ気持ちの整理がついた気がします」
──下世話な質問ですが(映画の)スポンサーが決まっていない時点で執筆を?
「もちろんです。この映画に取り組んだ当初は自分のお金を持ち出しても足りなかったので、舞台と同じように劇団員たちもノルマを背負って参加してくれました(上西さんは劇団員を抱える芸能事務所テンアンツ代表)。今まで僕らは自主映画を単館上映してきたので、試写会や配給をするための宣伝費用が必要なことすら知らなかったのですが、そのための費用がまた足りない。初めてクラウドファンディングに着手してもまだ不足していたので、ツテで紹介してもらった方々に完成前の作品を観て頂きました。ある女性の社長さんは『今はこれだけしかないけど、後でまた振り込むから』と、財布に入っていたお札を全部抜き取って渡してくださったので、僕は泣きながら受け取りました。作り始めた時は世の中に対する憎しみを持っていましたが、この映画を作ることで多くの良心と巡り合い、人の温かい心を再確認できたので、この作品に感謝しています」
ユーモラスなシーンも沢山!笑って観て頂きたい作品です!!
──虐待を受けるという過酷な役を演じた、小南さんへの演出が気になる方もいると思いますが。「僕が彼女への演出で絶対に決めていたのは、虐待されている状況に追い込んで、その表情を(カメラで)抜かないという一点です。映画撮影という疑似体験であっても虐待を経験したら、彼女のトラウマになりかねません。だから極力状況を説明せず、『このセリフを聞いた時に、悲しい顔をして下さい』などという演出をしました。演出が功を奏したのか、カットがかかると彼女はよく笑いましたし、合間はずっとアイドルグループのダンスを踊っていて、現場の癒やし的存在でした。この演出で一番うまくいったと思ったのは、児童相談所の職員と担任教師3人が自宅を訪ねてくるシーンです。ご覧くださる方々には、大人がどれだけ手を尽くしても子どもの力にはなり得ていないことを実感して頂けると思います」
──お仕事のお話も。芸能事務所の代表もしていますよね。
「芸能事務所は企業としてどうやって利益を上げたらいいのかと困るぐらい、お金にはなりません(笑)親父の代から焼肉屋を経営しているので僕も調理師免許を取って、自分でも大阪の伊丹空港近くにある『さしの花』という焼肉屋を経営していますが、店と脚本家としての利益はすべて、事務所につぎ込んでいます。最初はYahoo!の焼肉屋ランキングで全国1位になるぐらい流行っていたんですが、40代から始めた芝居にハマったら、お客さんが離れていった時期も経験しましたし」
──芝居を始めたのが40代! 夢は諦めなくてもいいということですか?
「諦めないほうがいいと断言します。焼肉屋だけを経営していた頃の僕は、誰もが役者になるとは思っていなかったでしょうし、作品を世に出して、テレビに出ている津田寛治さんや木下ほうかさんのような役者さんたちと一緒に仕事ができるとは思いもしていませんでした。夢に向かって自分の気持ちをつなげておけば、着実にどんどん近づいていけると思います」
──有難うございます。最後に上西さんが本作で伝えたいことを。
「楠部先生は、世間の目が虐待されている子どもに向くだけでも自制心が働き、抑止につながりやすくなるとおっしゃっていました。私たちが最大の手を尽くしても虐待はなくすことができないし、力の限界はあるけれど『いつも同じ洋服を着ていますね』とか『顔にアザがあるみたいだけど』などと他者である大人が関心を寄せることが虐待をセーブする一助になると。個人的に役者は世の役に立つ職業とは結びつかないと思っていましたが、もしこの作品が虐待を少しでも抑止できるなら、これほど素晴らしいことはありません。作品は虐待をテーマにはしていますが、この映画に込めたのは人間の心の奥底にある愛と家族愛です。虐待という言葉に偏見を持たずにご覧頂けたらうれしいです」
INFORMATION
■映画『ひとくず』
【INFO&STORY】
母親の恋人から虐待を受け、母・凜(古川藍)からは育児放棄されている少女・鞠(小南希良梨)。ガスも電気も止められた家に置き去りにされた彼女のもとに、ある日、さまざまな犯罪を繰り返してきた男・金田(上西雄大)が空き巣に入る。幼いころに自身も虐待を受けていた金田は、鞠の姿にかつての自分を重ね、自分なりの方法で彼女を助けようと、鞠を虐待していた母親の恋人を殺してしまう。一方、鞠の母親である凜も、実は幼いころに虐待を受けて育ち、そのせいで子どもとの接し方が分からずにいた。金田と凜と鞠の3人は、不器用ながらも共に暮らし始め、やがて本物の家族のようになっていくが……。劇団テンアンツを主宰する俳優の上西雄大が監督、脚本、主演などを務め、児童虐待や育児放棄をテーマに描いた。
【CAST&STAFF】
出演/上西雄大・小南希良梨・古川藍・徳竹未夏・工藤俊作・堀田眞三・飯島大介・田中要次・木下ほうか
監督・脚本・編集・プロデューサー/上西雄大
監修/楠部知子 配給/渋谷プロダクション
公式HP
3月14日(土)より渋谷ユーロスペースを皮切りに、名古屋・シネマスコーレ(3月28日)、大阪・テアトル梅田(4月17日)ほか全国順次公開
(C)YUDAI UENISHI
■映画『ひとくず』
【INFO&STORY】
母親の恋人から虐待を受け、母・凜(古川藍)からは育児放棄されている少女・鞠(小南希良梨)。ガスも電気も止められた家に置き去りにされた彼女のもとに、ある日、さまざまな犯罪を繰り返してきた男・金田(上西雄大)が空き巣に入る。幼いころに自身も虐待を受けていた金田は、鞠の姿にかつての自分を重ね、自分なりの方法で彼女を助けようと、鞠を虐待していた母親の恋人を殺してしまう。一方、鞠の母親である凜も、実は幼いころに虐待を受けて育ち、そのせいで子どもとの接し方が分からずにいた。金田と凜と鞠の3人は、不器用ながらも共に暮らし始め、やがて本物の家族のようになっていくが……。劇団テンアンツを主宰する俳優の上西雄大が監督、脚本、主演などを務め、児童虐待や育児放棄をテーマに描いた。
【CAST&STAFF】
出演/上西雄大・小南希良梨・古川藍・徳竹未夏・工藤俊作・堀田眞三・飯島大介・田中要次・木下ほうか
監督・脚本・編集・プロデューサー/上西雄大
監修/楠部知子 配給/渋谷プロダクション
公式HP
3月14日(土)より渋谷ユーロスペースを皮切りに、名古屋・シネマスコーレ(3月28日)、大阪・テアトル梅田(4月17日)ほか全国順次公開
(C)YUDAI UENISHI
PROFILE
上西雄大(うえにし・ゆうだい)
1964年生まれ 大阪府出身
12年に劇団テンアンツ発足後、関西の舞台を中心に活動を開始。『コンフリクト』『日本極道戦争』シリーズの脚本などを手掛け、脚本家としての活動も並行して行う。近年の映画出演作は『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』『子どもたちをよろしく』など。『恋する男』が4月25日(土)公開。
公式Twitter
上西雄大(うえにし・ゆうだい)
1964年生まれ 大阪府出身
12年に劇団テンアンツ発足後、関西の舞台を中心に活動を開始。『コンフリクト』『日本極道戦争』シリーズの脚本などを手掛け、脚本家としての活動も並行して行う。近年の映画出演作は『HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話』『子どもたちをよろしく』など。『恋する男』が4月25日(土)公開。
公式Twitter
撮影◎佐々木和隆 取材・文◎内埜さくら