何事もまずは続けてみること。案外、大事なものって、一ヵ所にとどまってるときに見つかったりするからね。
ニヒルで男くさい独特のオーラをまとう当代きっての二枚目スターとして、いまなお数多の映画やドラマで活躍する俳優・宅麻伸さん。古きよき〝昭和〟の侠客役を演じた6月22日公開の映画『カスリコ』でも抜群の存在感を発揮する〝人生の先輩〟が語る「何者でもなかったあの頃」とは──。迷える若者必読の特別ロングインタビュー!!
──宅麻さんご出演の映画『カスリコ』は、往年の仁侠映画に出てくるような〝博打場〟が舞台で、しかも全編モノクロ。昨今では珍しいかなり硬派な作品ですよね。
「そうそう。しかもこれ、物語の舞台になってる高知の映画館では去年の秋に一度かかってる作品でもあるからね。その時点では『他は未定』だったこんな硬派な作品が、今回こうして東京でも公開されることになったのは、単純に演者としてもうれしいよね」
──とはいえ、小誌の中心読者は若い世代。ガッツリ〝昭和〟な世界観は、ある種の「時代劇」と映ってしまうかもしれませんね。
「確かに、切った張ったなんてのは、いまの若者からしたら別世界の出来事だよね。ただ、普通に生きてれば、大きな失敗の一つや二つはするし、目の前のチャンスに気づけなくて『あのときなんでこうしなかったんだ』って悔やんだりする経験は誰にだってきっとある。この作品で描かれているのは、主人公や周囲の人間がそのときどうしたかっていう〝内面〟と 〝情〟の部分。そこは昔もいまも変わらないところだと思うんだよ」
──宅麻さん演じる地元の親分・荒木は、ヤクザでありつつ、主人公に救いの手を差しのべる存在でもある。ギャンブルとは縁遠い世代でも、「自分にとっての〝荒木〟は誰か」を思い浮かべながら観ればわりと共感できそうです。
「窮地のときにこそ人間の本性は出るからね。俺なんか昔からそういう察知能力だけはあるから、情のないやつとは端からつきあわないようにしてるけど(笑)。まぁでも、若い世代がこの作品にどういう感想をもつのかっていうのは率直に興味はあるし。俺自身も実感したい。『まだまだ捨てたもんじゃないな』ってね」
先輩の何気ないひと言で一念発起して役者の道に
──では、そんなご自身はどんな若者だったんでしょう。役者を目指したきっかけというのは?「俺は地元が、三井造船発祥の地でもある岡山の玉野市ってところでさ。中学を出てすぐ造船所に入って、働きながら4年制の定時制高校に通った。で、もう少しで卒業っていうタイミングで、すでに就職しているはずなのに『自分も何かをしなきゃ』と気になって(笑)。そんなモヤモヤっとした気持ちを抱えてたときに、ある日、職場の先輩から何の気なしに聞かれたんだよ。『おまえ、役者とかモデルとか、そういうの目指さないの?』って」
──そこでビビビッと来た、と。
「それまでいっさいなかった選択肢をポンッと出されて、『えっ、そういう世界もあるんだ』って。まだ若かったから、そこからの決断は早かったよね。役者になるならとにかく東京だと思ったから、4月には上京して、池袋のキャバレーで住みこみで働いて。右も左も分からないまま過ごしてたら、昼メシをよく食べに行ってたお店の人がたまたま『天知プロなら知ってるよ』って紹介してくれて、その1ヵ月後には、目の前に大スターの天知(茂)さんがいたんです。ホント、チャンスはどこに落ちてるか分からないよね」
──そこからはトントン拍子に?
「いやいや全然。養成所には入ったけど、東京に慣れるための生活のほうが忙しかったし、まだまだ覚悟も何もなかったから。こんなこと言うと笑われちゃうかもしれないけど、その頃の俺は『あえいうえおあお』とか『あめんぼあかいな』とか、発声練習を人前でやることにも抵抗があってね。『何がエチュード(即興芝居)だよ』とか思ってたよ(笑)。しかも養成所の同期には、あの国広富之さんがいて、『こんな男前がいるんじゃ、東京でもどうしようもないな』って気持ちもあったしね。」
──天下の宅麻さんにもそんな時代が! どう〝改心〟を?
「通いはじめた翌年に、その国広さんが『岸辺のアルバム』というドラマ(77年/TBS系)で、あっという間にスターになっちゃって。ちょうどそのへんから改心したかな。造船所の仕事を辞めて出てきたのに、ここでまた辞めたら、二度も続けて負けることになる。『このままだと何しに東京に来たのか分からない』って、そんな思いもよぎったしね」
──なんだか妙に親近感が湧いてしまういいお話です。当たり前ですけど「何者でもない」時期は誰にでもあるんですよね。
「そうだね。辞めるのは簡単。だからこそ、何事もとにかくまずは続けてみることだと俺は思うね。いまの時代、情報やモノはいつでもすぐに手に入るけど、そのせいで大事なものを見逃したり失うことも けっこう多いと思うんだよ。30年、50年経っても色褪せない──。そういうものって、案外、一ヵ所にとどまってるときに見つかるものだったりもするからね」
──「合わなければ、すぐ次」という風潮も大きくなった昨今は「退職代行」というサービスがビジネスになったりもしています。
「それを仕事として真剣にやっている人には申し訳ないけど、それをやると、次の段階でも大事な局面で人任せにしちゃわないかな。『辞めます』と切りだすときのツラさやバツの悪さって、若いときにこそ経験すべきこと。次にもつながるそういうことを避けて通るのって、そこだけはちょっとよくない気がするけどね」
フラットに臨んだ40年若い世代の知名度も上昇
──宅麻さんにとっても今年はデビュー40周年の節目でもあるわけですが、「自分はこの先役者としてやっていくんだ」という確信を得たのはおいくつ頃でしたか?「いまも全然ないよ(笑)。自分としては、常に『仕事をさせてもらっているだけありがたい』って気持ちでやってるし、どちらかと言うと『40年もよくやって来られたな』ってほうが強いかな。だって一緒に造船所入った同級生たちなんて、もうとっくに定年退職の年齢だからね。そう考えると、この道に進むひと言をくれた先輩だったり、天知さんだったり、これまで出会ったたくさんの恩人たちへの感謝しかないよね」
──最近では『勇者ヨシヒコ』シリーズのダンジョー役として若い世代にもおなじみです。長く続ける秘訣を挙げるとすれば、「俺はこうだ」という固定観念にとらわれないフラットさ、ですかね?
「そうかもしれないね。世間一般の方には、キチッとしたスーツを着て、ネクタイをして、警察のお偉方や政治家、さもなければ今回のようなヤクザの親分あたりをよく演じてる──みたいなイメージがきっとあると思うけど、それって俺のなかにはまったくないものだったりもするからね」
──バブル世代にとっての『課長島耕作』も、平成生まれにとっての『ヨシヒコ』も、役者という仕事に愚直に向きあってきた結果としてついてきた副産物、と。
「この歳になって、それは本当にそう思うし、『ヨシヒコ』ではなおさら『そうなんだなぁ』と、いい意味での割りきりができるようになったって言うのかな。作品を通して宅麻伸って役者を若い層の人に 知ってもらえたのは、すごくうれしいかったし、自分にとっても財産になったしね。それに『ヨシヒコ』をやるまで若い人たちには全然知られてなかったように、どんなに自分が頑張っても、届かない層って必ずある。そこで『なぜだ!』と怒りを感じたり、落ち込んだりしないっていうのは、意外と大事なんじゃないかなって」
──そんな宅麻さんのあふれる人間味を知ったうえで、本作『カスリコ』を観れば昭和の〝侠客〟荒木五郎の魅力も倍増しそうです。
「公開館はちょうど渋谷だし、若者にもぜひ足を運んで観てほしいよね。俺もこっそり観たりしてるから、SNSやなんかに感想を書きこんでくれたりするとうれしいね」
映画『カスリコ』
【INFO&STORY】
賭博にのめり込み、高知一とも言われた料理店を手放して身を滅ぼした岡田吾一(石橋保)。途方に暮れる吾一の前にヤクザの荒木五郎(宅麻伸)が現れる。五郎は吾一に賭場で客の使い走りをして、わずかばかりの祝儀を恵んでもらう「カスリコ」の仕事を世話してやるという。物乞いのような仕事ではあるが、行き場のない吾一はカスリコとして再び賭場に出向いてく。吾一はプライドを捨てて懸命に働くが、賭場の人びとの生きざまを目の当たりにしていく中で、人生を賭けた最後の大勝負に挑む。昭和40年代の高知県土佐を舞台に、裏社会で生きる人びとの姿を描く人情ドラマ。高知在住の脚本家・國吉卓爾がシナリオ大賞に入賞した脚本を高知全編ロケ、多数の高知県出身俳優出演で映画化した。
【CAST&STAFF】
出演/石橋 保/宅麻 伸・中村育二・山根和馬・鎌倉太郎・金児憲史・高橋かおり・高橋長英・小市慢太郎・西山浩司・高杉 亘・伊嵜充則・及川いぞう・西村雄正・大家由祐子・池上幸平・服部妙
脚本/國吉卓爾(『カスリコ』第26回新人シナリオコンクール特別賞、大伴昌司賞準佳作)
監督/高瀬将嗣
音楽/辻 陽
配給/シネムーブ・太秦
公式HP
6月22日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
©2018 珠出版
PROFILE 宅麻 伸(たくま・しん)
1956年4月18日生まれ 岡山県玉野市出身
定時制高校の造船科に通いながら三井造船玉野事業所で就労。雇用期間満了・高校卒業後、19歳で上京し、天知茂の事務所に預かりに。1979年、TBS系ドラマ「七人の刑事」の新米刑事役で俳優デビュー。1980年代後半にはトレンディードラマの二枚目俳優としてブレイク。ドラマ「課長島耕作」など数多くのドラマ、映画に出演。近年では「勇者ヨシヒコ」シリーズのダンジョー役で新境地開拓かと思われるような存在感を発揮するなど、デビューから約40年に渡り活躍。直近では、46作目となる人気シリーズの最新作『法医学教室の事件ファイル』(テレビ朝日系/6月23日放送)、ドラマ25『サ道』(テレビ東京系/7月スタート・毎週金曜深夜0時52分)が待機中だ。
公式HP
【INFO&STORY】
賭博にのめり込み、高知一とも言われた料理店を手放して身を滅ぼした岡田吾一(石橋保)。途方に暮れる吾一の前にヤクザの荒木五郎(宅麻伸)が現れる。五郎は吾一に賭場で客の使い走りをして、わずかばかりの祝儀を恵んでもらう「カスリコ」の仕事を世話してやるという。物乞いのような仕事ではあるが、行き場のない吾一はカスリコとして再び賭場に出向いてく。吾一はプライドを捨てて懸命に働くが、賭場の人びとの生きざまを目の当たりにしていく中で、人生を賭けた最後の大勝負に挑む。昭和40年代の高知県土佐を舞台に、裏社会で生きる人びとの姿を描く人情ドラマ。高知在住の脚本家・國吉卓爾がシナリオ大賞に入賞した脚本を高知全編ロケ、多数の高知県出身俳優出演で映画化した。
【CAST&STAFF】
出演/石橋 保/宅麻 伸・中村育二・山根和馬・鎌倉太郎・金児憲史・高橋かおり・高橋長英・小市慢太郎・西山浩司・高杉 亘・伊嵜充則・及川いぞう・西村雄正・大家由祐子・池上幸平・服部妙
脚本/國吉卓爾(『カスリコ』第26回新人シナリオコンクール特別賞、大伴昌司賞準佳作)
監督/高瀬将嗣
音楽/辻 陽
配給/シネムーブ・太秦
公式HP
6月22日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
©2018 珠出版
PROFILE 宅麻 伸(たくま・しん)
1956年4月18日生まれ 岡山県玉野市出身
定時制高校の造船科に通いながら三井造船玉野事業所で就労。雇用期間満了・高校卒業後、19歳で上京し、天知茂の事務所に預かりに。1979年、TBS系ドラマ「七人の刑事」の新米刑事役で俳優デビュー。1980年代後半にはトレンディードラマの二枚目俳優としてブレイク。ドラマ「課長島耕作」など数多くのドラマ、映画に出演。近年では「勇者ヨシヒコ」シリーズのダンジョー役で新境地開拓かと思われるような存在感を発揮するなど、デビューから約40年に渡り活躍。直近では、46作目となる人気シリーズの最新作『法医学教室の事件ファイル』(テレビ朝日系/6月23日放送)、ドラマ25『サ道』(テレビ東京系/7月スタート・毎週金曜深夜0時52分)が待機中だ。
公式HP
取材・文/鈴木長月 撮影/おおえき寿一