タイの人たちにとって地獄寺は「まあ普通だよね」という日常の光景
「珍スポット」「B級スポット」として日本のウェブサイトや写真集でも紹介されてきた〝タイの地獄寺〟。グロテスクでキッチュな罪人、餓鬼、骸骨、オバケなどの立体像が並ぶ光景は、「ヤバすぎるwww」と評判を呼んできたが、その空間を大学院で大真面目に研究しているのが椋橋彩香さんだ。10月に初の著書『タイの地獄寺』を発表したばかりの彼女に、その空間の魅力と研究を始めたきっかけについて伺った。
ミャンマーにはLEDライトが彩るキラキラに装飾された仏像も!
──タイの地獄寺への初訪問は13年で、大学2年の頃だそうですね。
「高校生の頃からタイ料理が好きで、初の海外旅行先がタイだったんです。 ネットで知っていたので、興味を持って訪れたのが最初でした」
──タイの地獄寺のヤバさは、日本でもすでに紹介されていたんですよね。
「私が現地に行ったのは、都築響一さんが地獄寺の写真集(『HELL〜地獄の歩き方<タイランド編>)を出した頃でした。B級スポットなどが好きな人の間では、すでに有名な存在だったと思います」
──大学は美術史学専攻だそうですが地獄寺のことも調べていたんですか?
「最初は美術史全般を勉強していましたが、卒論の内容を決める時期に『大学生活で一番、印象的だったのは地獄寺だな』と思って、調べ始めた形です。ただ、地獄寺の学術的な研究は日本にもタイにもなく、当時はタイ語も十分に読めなかったので、卒論のテーマは『日本の地獄のテーマパーク』にして、大学院に進学してからタイの地獄寺の研究を本格的に始めました」
──そこまで惹かれた理由は何だったんでしょうか。
「見た目はグロテスクでキッチュで、 一目見てヤバい!と思うものなんですが、一つずつ丁寧に見ていくと表現が面白いんですよね。タイは仏教が今も生きている国なので『地獄の釜』『棘の木』といったオーソドックスな地獄の表現だけでなく、『薬物乱用』『環境破壊』『交通事故』といった現代の罪を反映した表現もあるんです」
──バイクがあったり、獄卒がソニーのVAIOっぽいパソコンを持っていたりするんですよね(笑)
「つくられている道具も現代化していますね。日本の仏像などに対する価値観は『古いものがいい』『古いものはそのままの形で』というものが一般的ですが、タイは真逆で常にアップデートされています。また政治的な変動があった時代につくられたものには、政治批判的、社会風刺的な像もあります。現代の社会状況を如実に反映しているところも面白さの一つですね」
──現地の人たちは、どんな気持ちで見ているんでしょうか……。
「少し変わっているけど、まあ普通だよね、みたいな感覚だと思います。そもそも地獄寺といわれる空間は、『悪いことをするとこうなるよ』と伝える教育的な目的で、お寺の一角に作られたもの。周囲の村人たちには日常的な光景なんです。なのでタイでは遠方からわざわざ地獄寺を見に来る人もいませんし、研究をする人もいないのだと思います」
──椋橋さんはこれまで何カ所の地獄寺を回ってきましたか。
「地獄が描かれた壁画などを持つ寺院も含めると現在84カ所で、この12月の現地調査で100を超える予定です。 多くのお寺に共通するモチーフや年代ごとの特徴、お寺同士の影響なども少しずつ見えてくるようになりました」
──その研究成果が、初の著書『タイの地獄寺』なんですね。
「修士論文を分かりやすく加筆修正したもので、地獄寺のガイドというよりは、歴史を辿った論考ですね。みなさんの想像より少し真面目な本かもしれ ませんが、タイの地獄寺に興味を持ってもらうきっかけや、『地獄寺がヤバい!』と思っている人たちにより深い魅力を知ってもらう力になれたら…と思って書きました。研究と並行して、地獄寺の魅力を発信する活動には力を入れたいと思っていて、現地で案内するツアーも開催します」
──初訪問でおすすめの地獄寺は?
「まずは、タイの地獄寺の代名詞的なワット・パイローンウア。700体ほどの像があり、今も数が増え続けています。あとは基本的な地獄要素が揃っているワット・ムアンや、地獄寺の中で一番古いワット・プートウドムなどもバンコクから近く、この3つはバンコクから日帰りで行けます」
──今後は博士論文の執筆に向けて研究を継続していく形でしょうか。
「そうですね。タイ以外だと、ミャンマーにもLEDライトでキラキラに装飾された仏像があったりと、現代的にアップデートされた仏教の美術は東南アジア各地にあるので、今後はそういったものも研究していきたいです」
INFORMATION
『タイの地獄寺』
椋橋彩香・著
青弓社から発売中
カラフルでキッチュなコンクリート像がこれでもかと立ち並び、日本では「珍スポット」「B級スポット」として知られているタイの地獄寺。そんな地獄寺に魅せられ、タイ全土の八十三にも及ぶ寺院を実際に訪ねた著者が、地獄寺を体系的にまとめた世界初の地獄寺論考。
PROFILE
椋橋彩香(くらはし・あやか)
1993年、東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科で美術史学を専攻、タイ仏教美術の地獄表現を研究テーマとする。2016年、修士課程修了。現在、同研究科博士後期課程在籍。タイの地獄寺を珍スポットの観点からだけではなく、様々な社会的要因が複合して生まれたひとつの「現象」として、また地獄表現の系譜で看過できないものとして捉え、フィールドワークをもとに研究を進めている。
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『タイの地獄寺』
椋橋彩香・著
青弓社から発売中
カラフルでキッチュなコンクリート像がこれでもかと立ち並び、日本では「珍スポット」「B級スポット」として知られているタイの地獄寺。そんな地獄寺に魅せられ、タイ全土の八十三にも及ぶ寺院を実際に訪ねた著者が、地獄寺を体系的にまとめた世界初の地獄寺論考。
PROFILE
椋橋彩香(くらはし・あやか)
1993年、東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科で美術史学を専攻、タイ仏教美術の地獄表現を研究テーマとする。2016年、修士課程修了。現在、同研究科博士後期課程在籍。タイの地獄寺を珍スポットの観点からだけではなく、様々な社会的要因が複合して生まれたひとつの「現象」として、また地獄表現の系譜で看過できないものとして捉え、フィールドワークをもとに研究を進めている。
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取材・文/古澤誠一郎 撮影/熊代紀章