僕にとっての野球は永遠のドラフト1位。それに取って代わる存在が他にないから、辞める必然性がなかったんです。
その明るいキャラクターで、引退後もテレビにラジオ、大学講師と八面六臂の活躍を続ける元千葉ロッテマリーンズ・里崎智也さん。たゆまぬ努力と持ちまえのセルフプロデュース能力で〝世界一〟にまで登りつめた名捕手が語るキャリアプランニングの秘訣とは?
プロ野球にはあくまで「行けたらラッキー」と
──小誌は求人誌ですので、今回は〝キャリアプランニング〟といった部分をテーマにお話をうかがえたらと思うのですが、そもそも里崎さん自身がプロを意識し始めたのはいつ頃ですか?「大学2年のときですかね。ただまぁ、その当時も『プロ野球選手になれたらいいな』とは思ってましたけど、『なにがなんでもプロに行きたい』みたいな気持ちは、僕のなかには全然なくて。最終的に逆指名できるってなったときも、『あ、俺、行けるんや。じゃあ、お願いします』ぐらいの感じではあったんです」
──ということは、プロとは別の進路も視野にはあったと。
「プロはあくまで『行けたらラッキー』。だから、好きな野球を続けていく手段として、社会人チームをもってる会社への就職や、学校の先生っていうのは、もちろん選択肢としてはありました。でも、今後の〝保険〟のために、2年生からスタートする教職課程の受講を始めたら、そこから2ヵ月ぐらいで監督から『真剣にプロを狙わせたいから、(練習の時間が削られる)教職は辞めてくれ』って言われてね。プレーヤーとしてやっていく道があるんだったら、無理して取る必要もないかなってことで、その時点で辞めたんです。教員免許は、その気になればいつでも取れるものですしね」
──その間、野球を辞めたいと思った時期などは一度も?
「ないですね。そもそも、僕にとっての野球は永遠のドラフト1位みたいなもの。それに取って代わる存在が他にないから、辞める必然性がないんです。それに、自分が好きでやってる遊びがちょっとうまくいかなかったぐらいで、『もう辞める!』とか言う人いないでしょ?(笑)〝三度の飯よりゲームが好き〟って人が、全然クリアできないソフトと出会ったからって、『もうゲームなんか嫌い! 辞める!』とはおそらくならない。僕にとっての野球は、それと同じ理屈なんですよ。もし『きっぱり辞める』って人がいたとしたら、それはもう、その人の人生設計のなかで、すでに別のものが1位になってるだけのこと。1位のものをわざわざ捨ててまで、2位に行く人はいませんからね」
──ちなみに、プロ野球選手というのは〝つぶしが利かない〟職業だともよく言われます。里崎さん自身は、プロ入りに当たって、そのあたりのリスクも事前に考えられたりはしましたか?
「引退したって誰も助けてはくれませんから、そこは当然考えましたよね。で、僕なりに考えてやったのが、入団してすぐから、毎月10万円ずつを定額積立で貯めること。寮に入って野球しかしてなかったら、月10万円ぐらい誰でも貯金はできますし、たとえ5年でクビになっても、その時点で600万円は貯まってる。次のやりたいことを探すための生活費に充てるにせよ、学校に入って勉強をしなおすにせよ、それだけあれば、ある程度は困らずに済むと考えたわけです。なにをするにも結局、お金は必要ですし、僕らの場合はいきなり無収入になることも想定しておかなきゃいけない。大げさに言ったら、引退したあとの約40年間が無収入でもまったく不安なく生活できるぐらいの貯えを作ることが、僕にとっては最大の懸案事項でもあったんです」
──20代の平均年収が約350万円とされる一般社会では、そこまでの貯蓄もなかなか非現実的だったりもしますよね。
「実家ならともかく、都心でひとり暮らしをしながら、毎月10万とかはさすがにキツいかもしれませんね。ただ、10万は無理でも、3万、5万ならどんな人にでも貯められる。講演なんかではよく言うんですけど、貯めるコツは「余ったら貯金しよう」ではなく、決めた金額を最初から〝ないもの〟として毎月の勘定に入れないことです。僕なんて、純粋に自分のためだけに使うお金は、月に3万円もあれば十分。絶対に買うのは、毎週欠かさず読んでる〝マガジン〟〝サンデー〟〝ゴラク〟の3冊ぐらいのものですしね(笑)」
──なんと堅実な!! 金銭感覚はいまも昔も変わらないと。
「ゴルフに行くとしても月に1回行くかどうかですし、物欲もまったくない。基本的には家にいるのが好きなんで、そもそも使う機会がないんです。洋服なんかは人に見られるのが仕事だから、それなりのものを買いますけど、誰に見られるわけでもない家ではそれこそ、ユニクロで十分(笑)僕のなかでは〝外では羽振りよく。家では質素〟っていうのがモットーとしてあるんでね」
経験者だからこそ感じるキャリア支援への〝違和感〟
──ところで、もし若者から将来についての相談を受けたら、里崎さんならどう応えますか?「こればっかりは『なにをやりたいんや』ってことでしかないですからね。もし夢や目標がないなら、なにかがいざ見つかったときにすぐ動きだせるよう、あらゆる面でパーフェクトでいることがなにより肝心。極力大きくてきれいな5角形のグラフが描けるように、他人の何倍も努力をしておく必要はあるでしょうね。裏をかえせば、明確な夢や目標があるなら、いびつなグラフでいいぶん、人生は簡単。スポーツ選手になりたいのなら、体育だけ一生懸命やって、あとは0点でもいいんです。もちろんその代償として、夢破れたときのつぶしがまったく利かないリスクはある。要はなにを取って、なにを捨てるかってことなんで」
──近年では、そういったスポーツ選手の「つぶしが利かない」窮状を改善するべく、彼らのセカンドキャリアを支援しようという動きも広がっていますよね。
「実は、これには僕は反対の立場でね。(支援を)やってくれること自体はありがたいけど、それが当たりまえみたいな風潮になっていくのはちょっと違うかな、とも思うんです。だって、どんな会社でも普通は肩を叩かれたら、それっきり。『リストラします。でも次の職場は用意してあります』なんて都合のいい会社はどこを探してもないですよね?(笑)にもかかわらず、自分が望んで好きでその道を選んだスポーツ選手だけが、そうやって特別扱いを受けられるのはフェアじゃない。まったく違う世界に足を踏みいれる以上、働くことの苦しさとか、自分の無能さとかをもっと知ったうえで就職先も見つけたほうが、きっと長続きすると思うんです」
──それをプロの世界に身を置いてきた里崎さんが言うと、また違ったインパクトがありますね。
「一般社会に置きかえたら、ごく普通のことを言ってるだけなんですけど、どうも野球界では僕のほうが〝普通じゃない〟みたいなんですよね(笑)ただでも、選手本人が変わる努力をしないことには、どんな支援をしたって一緒なのは間違いないと思います。ことプロ野球でも、辞めた選手全員に関連会社への再就職を保証している球団もありますが、実際問題、その制度を利用する選手はほとんどいないとも聞きますしね」
──やはりそこはプライドが邪魔をしてしまうんでしょうか。
「一般の人が普通にしている、生きていくための我慢ができないんじゃないですかね。全員がそうとまでは言わないにしても、スポーツ選手というのは、まわりからお願いをされるばかりで、自分からお願いをしなきゃいけない人生を送ったことがない人ばかり。途中で仕事を辞めてしまうような人の多くは、望まないことでも頭を下げなきゃいけないっていう現実に耐えられないんだと思います。自分の納得がいく仕事でないとイヤだと言うなら、僕のようにそのときを見越して〝保険〟をかけておけばいいだけのこと。それもしないうちから『(第2の人生の)面倒は看てくれ』っていうのは、ちょっと虫がよすぎるんじゃないかと思うんです」
──今回の著書『捕手異論』からも、そんな里崎さんの思考、セルフプロデュース能力の高さはヒシヒシと伝わってきました。
「まぁ、現役時代にやってきたことは、ただ単に僕自身が楽しみたかっただけ。それがこうして現在にまでつながっているのは、決して意図したわけではない、結果論の産物ですけどね(笑)」
INFORMATION
■単行本『捕手異論 一流と二流をわける、プロの野球『眼』』
【REVIEW】
06年の第1回WBCでは世界一&ベストナイン、千葉ロッテでも2度の日本一に輝いた名捕手である里崎氏が、独自の視点で球界の〝常識〟や〝セオリー〟にズバッと斬りこんだ異色の野球論。16年間の経験に裏打ちされた歯切れのいい語り口で、これまでにない野球の新たな見方、楽しみ方を読者に伝授してくれる。各章を野球のイニングに見立てた全18章からなる構成で、巻末には「延長戦」と題した〝野球好き芸人〟ナイツ・塙宣之氏との特別対談も収録。一般社会、ビジネスの世界にも十分応用できる〝プロフェッショナル〟の思考回路に刮目せよ!!
里崎智也・著/カンゼン・刊/定価1600円+税
全国書店・Amazonほかオンラインストアにて絶賛発売中
PROFILE
里崎智也(さとざき・ともや)
1976年5月20日生まれ。徳島県出身。右投げ・右打ち。
鳴門工(現・鳴門渦潮)から帝京大を経て、98年のドラフト2位で千葉ロッテを逆指名。78試合で打率.319をマークした03年にチャンスをつかみ、翌年就任したボビー・バレンタイン監督のもとで〝打てる捕手〟として台頭した。13年の現役引退後は、解説者・タレントとして情報番組・バラエティにも積極的に出演。生来のエンターテイナーぶりをいかんなく発揮する。ベストナイン、ゴールデングラブ賞、最優秀バッテリー賞には、それぞれ2度ずつ選出。通算捕逸「19」は、1000試合以上出場の捕手では史上最少の記録でもある。
公式Twitter
■単行本『捕手異論 一流と二流をわける、プロの野球『眼』』
【REVIEW】
06年の第1回WBCでは世界一&ベストナイン、千葉ロッテでも2度の日本一に輝いた名捕手である里崎氏が、独自の視点で球界の〝常識〟や〝セオリー〟にズバッと斬りこんだ異色の野球論。16年間の経験に裏打ちされた歯切れのいい語り口で、これまでにない野球の新たな見方、楽しみ方を読者に伝授してくれる。各章を野球のイニングに見立てた全18章からなる構成で、巻末には「延長戦」と題した〝野球好き芸人〟ナイツ・塙宣之氏との特別対談も収録。一般社会、ビジネスの世界にも十分応用できる〝プロフェッショナル〟の思考回路に刮目せよ!!
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PROFILE
里崎智也(さとざき・ともや)
1976年5月20日生まれ。徳島県出身。右投げ・右打ち。
鳴門工(現・鳴門渦潮)から帝京大を経て、98年のドラフト2位で千葉ロッテを逆指名。78試合で打率.319をマークした03年にチャンスをつかみ、翌年就任したボビー・バレンタイン監督のもとで〝打てる捕手〟として台頭した。13年の現役引退後は、解説者・タレントとして情報番組・バラエティにも積極的に出演。生来のエンターテイナーぶりをいかんなく発揮する。ベストナイン、ゴールデングラブ賞、最優秀バッテリー賞には、それぞれ2度ずつ選出。通算捕逸「19」は、1000試合以上出場の捕手では史上最少の記録でもある。
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取材・文/鈴木長月 撮影/おおえき寿一