「病気のあとのほうが、逆に人と会ったり、積極的にアンガージュマンするようにはなってるかな」
低迷期のピンク映画を支えた“ピンク四天王”の一角として、作家性の強い作風で、数多の名作を世に送りだしてきた佐野和宏さん。5年前に咽頭がんを患い、 声帯の摘出という転機を経て、ふたたび映画と向きあう日々を送る佐野さんに、表現者としての想いをうかがった。
監督ではなく役者として病める小説家の苦悩を体現
──佐野さんが本作で演じられているのは、精神的な不調から声が出せなくなった小説家という役どころ。出演を決められたのは、やはり境遇的な部分で感じるところが?「正直なところ、シナリオを読んだ段階では断ろうと思ってたんですよ。なんて言うか、監督の福間さんが目指すものの方向性が、ちょっと僕とは合わないかなと感じてね。そしたら、先方は『変えていい』と。で、僕のほうもそのつもりで演らせてもらったら、当初は脇役だったはずなのに、“W主演”とかって大々的に書かれちゃって︙︙。僕としては、『ちょっと困ったな』と思っているところです(笑)」
──純粋な役者として映画に携わるのは、ご自身で監督をされるときとはやはりまったく違いますか?
「役者だけのときは演じる役のことだけを考えて、芝居に集中していられるので、自分で監督をしているときよりは、はるかに楽ですよ」
──寺島しのぶさんとの夫婦喧嘩のシーンなどは、お二人の空気感が生々しくて、圧倒されました。
「僕自身が何回もテストをやったりするのが嫌いで、常に1回で決めたいタイプだから、あのシーンも段取りは軽くやっただけ。僕なりに真剣勝負を挑んだつもりだし、彼女のほうも、それにちゃんと応えてくれたと思います。実際に聞いてはいないけど、きっと彼女も何回もやりたくないタイプだと思うしね」
──「役者のときのほうが楽」とおっしゃいましたが、演出家として口出しをしたくなることは?
「してますよ、いっぱい(笑)今回の福間さんにしても、それを分かった上でオファーをくださったと僕は思っているので、そこはヘンに遠慮をすることもないのかな、と」
余儀なくされた闘病生活が逆に気持ちを前向きに!?
──ところで、声を失うことになった11年の咽頭がんの手術の以前と以降では、ご自身のなかでも心情的に変化はありましたか?「創作に関する悩みは変わらないですけど、病気のあとのほうが、逆に人とよく会うようになったり、積極的にアンガージュマン(※社会参加)するようにはなってるかな。それまでは、映画そのものが嫌いになってたって言うか、物作りの体制やそれに群がる人々にうんざりしちゃって、ちょっと世捨て人みたいになってた部分もあったから」
──大作主義というか、お金儲け優先の風潮に嫌気が差したと?
「自主製作上がりの僕にとって、自分がモノを作るよりどころは、その作品に対する“誠実さ”以外にないんです。でも、ひとたび外に目を向けてみると、若い世代の作り手までもが自分の名前を売ることにばかり腐心してる。そういう現実に背を向けたかったんですね」
──ある意味、病気が気持ちを前向きにさせてくれたわけですね。
「自分になにが残っているかを考えたら、やっぱり映画しかなかった。だから、今回のような制作過程に直接、触れられる感じのする作品に関われたというのは、ホントにありがたいことだと思います。おかげで、いっぱいありすぎて、どれから手を出していいのか悩んでいた次回作の題材も、ようやく『コレ!』というものが決まりましたしね」
──それは楽しみです。ちなみに、本作には、佐野さんと並んで“ピンク四天王”と称された、佐藤寿保さんや瀬々敬久さん、サトウトシキさんらもカメオ出演されています。瀬々さんなどは近年、大作も多く手がけていらっしゃいますが、そういった作品をご覧になることも?
「呼ばれたら行きますけど、自分からはあんまり。なにしろ、みんなそれぞれに性格もよく知っている相手だから『変わってないな』とか『苦労してるんだな』とか、観ながらいろいろ考えちゃって、映画を純粋に楽しめない気がするんでね」
──メジャーな作品を手がけてみたい、といった願望は?
「自分の撮りたいものだけで手いっぱいなんで、あんまりそういう気持ちはないですね。どこかで羨ましいと思う部分はもちろんあるんだけど、自分にとって重要なのは、さっきも言ったように、作品に“誠実”でいられるかどうか。うまくは説明できないけど、自分の映画作りの根本にある『価値観を変えたい』って思いが浸透しないままに売れてしまうのは嫌なんです。5年生存率20%の節目をやっと乗り越えたばかりの身の上としては、ストレスがいちばんの敵でもありますしね(笑)」
──最後に、これを読んでいる若い世代に贈る言葉があればぜひ。
「人間必ず年をとるものだし、病気にもなる。それが“人生”ってもんだから、僕から言えることは、ひとつだけ。『自分の好きなことをとにかく目いっぱいやれ』もう、それに尽きるんじゃないかな」
■映画『秋の理由』
INFO&STORY
経営していた小さな出版社をたたむことになった編集者の宮本守(伊藤洋三郎)。友人で作家の村岡正夫(佐野和宏)は、代表作「秋の理由」以降、何年も新作を執筆しておらず、精神的な不調から声が出なくなっていた。宮本は村岡の才能を信じていたが、同時に村岡の妻である美咲(寺島しのぶ)に好意を寄せていた。そんなある日、「秋の理由」を何度も読んだという少女ミク(趣里)が現れ、ミクと過ごす時間の中で、宮本は美咲への思いを改めて自覚するようになるが……。
CAST&STAFF
出演/伊藤洋三郎・佐野和宏・趣里・寺島しのぶ・安藤朋子・木村文洋・小原早織・吉野晶・安部智凛・正木佐和・佐藤楓恋・岡本優里・佐藤寿保・瀬々敬久・サトウトシキ・いまおかしんじ
監督/福間健二
脚本/福間健二・高田亮
配給/渋谷プロダクション
公式HP
10月29日(土)より新宿K’s cinemaほかにて全国ロードショー
(C)2016「秋の理由」製作委員会
PROFILE
佐野和宏(さの・かずひろ)
1956年生まれ 静岡県出身
俳優として松井良彦監督の「追悼のざわめき」「どこに行くの?」、石井聰亙監督の「狂い咲きサンダーロード」などに出演。俳優として活動する傍ら89年、「監禁 わいせつな前戯」で監督デビュー。11年に喉頭がんを患い声帯を失うも、15年ぶりの監督作品「バット・オンリー・ラヴ」で奇跡的なカムバックを遂げ、「夢の女 ユメノヒト」(坂本礼監督)でも主演を務めた。
INFO&STORY
経営していた小さな出版社をたたむことになった編集者の宮本守(伊藤洋三郎)。友人で作家の村岡正夫(佐野和宏)は、代表作「秋の理由」以降、何年も新作を執筆しておらず、精神的な不調から声が出なくなっていた。宮本は村岡の才能を信じていたが、同時に村岡の妻である美咲(寺島しのぶ)に好意を寄せていた。そんなある日、「秋の理由」を何度も読んだという少女ミク(趣里)が現れ、ミクと過ごす時間の中で、宮本は美咲への思いを改めて自覚するようになるが……。
CAST&STAFF
出演/伊藤洋三郎・佐野和宏・趣里・寺島しのぶ・安藤朋子・木村文洋・小原早織・吉野晶・安部智凛・正木佐和・佐藤楓恋・岡本優里・佐藤寿保・瀬々敬久・サトウトシキ・いまおかしんじ
監督/福間健二
脚本/福間健二・高田亮
配給/渋谷プロダクション
公式HP
10月29日(土)より新宿K’s cinemaほかにて全国ロードショー
(C)2016「秋の理由」製作委員会
PROFILE
佐野和宏(さの・かずひろ)
1956年生まれ 静岡県出身
俳優として松井良彦監督の「追悼のざわめき」「どこに行くの?」、石井聰亙監督の「狂い咲きサンダーロード」などに出演。俳優として活動する傍ら89年、「監禁 わいせつな前戯」で監督デビュー。11年に喉頭がんを患い声帯を失うも、15年ぶりの監督作品「バット・オンリー・ラヴ」で奇跡的なカムバックを遂げ、「夢の女 ユメノヒト」(坂本礼監督)でも主演を務めた。
取材・文/鈴木長月 撮影/おおえき寿一